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蠢女3(ピリカピリカ)

2012/12/02 Sun 00:01

3蠢女




 その白い粉を首に注射された瞬間、脳に冷水を垂らされたような刺激がピキっと走りました。
 その刺激は、心臓の鼓動と連動して、脳から爪先までへと断続的に走り抜けて行きます。
 次第に、目の奥に詰まっていた固形の老廃物がジワーっと溶け始め、常に私を苦しめていた偏頭痛が一瞬にして消え去りました。
「ううううう……」と唸りながら、全身に走る痺れに身を溶かしておりますと、頭上の黒蜘蛛が透明の糸を引きながらスーっと下りて来て、突然おかっぱの少女に変身したのでした。
 おかっぱの少女は、私の耳元にソッと両手をあてながら、掠れた小声で「ピリカ、ピリカ、ピリカ、ピリカ」と、連続して囁き始めました。
 少女が着ている浴衣の、赤い手鞠の柄が私の脳裏に鮮明に浮かび上がりました。見た事のない少女でした。ピリカという言葉にも聞き覚えがありません。
 しかし、少女のその不思議な囁きは、今まで神経をギリギリと締め付けていた緊張をじわりじわりと和らげ、まるで水中をぷかぷかと浮いているような心地良さを与えてくれたのでした。
 
 今までにない快楽に全身を捩らせておりますと、ふと、右のこめかみ辺りにチクリとした痛みを感じました。今まで聞こえていた「ピリカ、ピリカ」という囁きは、いつの間にか「ぶち、ぶち」という不気味な音に変わっております。
 そんな異変に気づくなり、今までぼんやりと灯っていた裸電球の明かりがいきなり激しい閃光となり、私の眼球を一瞬焼きました。
 慌てて目を閉じると、そのぶちぶちという音は更にスピードを増し、こめかみを刺激していたチクチクした痛みがだんだんと濃厚になってきました。
 そして、ゴリっという鈍い音が頭の中で響いた瞬間、私はハッと我に返り目を開けました。顔のすぐ横では、銀色に輝く巨大なドリルがクルクルと回転しておりました。
 突然、強烈な痛みを感じ、「うっ!」と顔を背けると、こめかみに刺さっていたドリルがサッと引かれました。そして、それをクルクルと回していたアザラシのような顔をした男が「ちっ」と舌打ちをしたのでした。

「加賀谷さん、悪ぃ、頭押さえててくれないかなぁ。こいつ、正気に戻ったみたいだわ」

 アザラシ男がそう言うと、床にしゃがんで煙草を吹かしていた加賀谷が「ああ……」と、面倒臭そうに頷きながらムクリと立ち上がりました。
 加賀谷は、煙草を銜えたまま、両手で私の顔を押さえました。そして、銜えタバコの煙に目を細めながら、私の目をソッと覗き込みました。

「ちょっと痛てぇけど暴れないほうがいいぜ。間違って別な所を切り取っちゃうと、後で面倒な事になるからよ……」

 私は、朦朧とする意識の中、今、自分がロボトミーの手術をされようとしている事実に気づきました。
 ロボトミーは頭蓋骨の両側に穴を開け、そこに長いメスを差し込み、脳の前頭葉を切除するという非常に危険な手術でした。
 前頭葉を切り取られると、たちまち精気は失せ、一切の感情が無くなり、人形のように大人しくなってしまうと聞きました。
 しかしそれはこの手術の成功例です。この残酷な状態でも成功なのですから、当然、失敗例は更に酷く、失敗は生きた屍と化すのでした。

「ほんじゃ、始めっかな。ちゃんと押さえててよ」

 アザラシ男は、そう言いながら銀色に輝くドリルを、自慢げに私の目の前で空回ししました。
 ドリルは、ピリカ、ピリカ、ピリカ、ピリカ、と音を立てながら狂ったように回転しております。
 そんな銀色のドリルの先は、まるでトンネルを掘る時に使う機械のように捻れ、そして鋭く尖っていました。
 そこにふと、赤錆のようなものが付着しているのを見つけました。それが、こめかみを掘り削られた時の自分の乾いた血だと知ると、さっき頭の中で「ゴリっ」と響いたあの音は、頭蓋骨を削られた音だったんだと気づき、突然、こめかみに激しい痛みと恐怖を感じたのでした。
 もはや悲鳴も出ませんでした。猿ぐつわが嵌められたアゴがカポカポと震え、まるで酸素を欲しがる金魚のように、ただただ口をパクパクさせているだけでした。

「一気に穴開けるから、ちょっと我慢してろよ」

 頭を固定されていた私は、これでもかというくらいに目を開き、目玉をジロリと右に向けました。
 銀色のドリルの先が耳のすぐ横に見えました。男の毛むくじゃらの指がドリルのレバーをしっかりと握っていました。
 男の手首がゆっくりと回り始め、ピリカ、ピリカ、ピリカ、という音が鳴り出すと、突然、先ほどのおかっぱの少女がヌッと顔を出しました。

「脳をぐちゃぐちゃにされるよ。卵かけ御飯みたいにぐちゃぐちゃにされちゃうよ」

 少女はそう囁くと、ドロップのような赤い目で私を見つめながらニヤリと微笑みました。
 ぶち、ぶち、ぶち。
 鋭いドリルの先が、ゆっくりと回転しながら肉をほじくり出しました。
 あの薬のせいでしょうか、ほとんど痛みは感じませんでしたが、しかし、黒板を爪で引っ掻いた時の音を聞かされたような、そんな不快感がずっと止まりません。
 さらさらとした液体がたらたらと耳に流れ込み、それが耳の窪みに溜まっては、首へと流れて行きました。
 ゴリっという鈍い音が頭の中に広がると、いきなりドリルの動きが早くなりました。
 ゴリゴリゴリゴリ、っと鈍く響くその音を聞いていると、ふと、おばあちゃんの家にあった手動の鉛筆削りを思い出しました。そしてその鉛筆削りの横に貼ってあった、赤い猫のセロハンのシールも鮮明に思い出しました。
 お婆ちゃんは、あの赤い猫を、確か『ニャロメ』と呼んでいました。そんな手動の鉛筆削りが珍しく、鉛筆を入れる穴の中に小指をスポっと差し込んで遊んでおりますと、それを見たお婆ちゃんが突然狂ったように怒り出し、「そんな事をするとあんたの指がミンチになっちゃうよ!」と、私の手をおもいきり引っ叩いたのでした。

「あんたの脳がミンチになっちゃうよ……」

 再び、おかっぱの少女がそう囁きました。見ると、いつの間にかおかっぱの少女は、お婆ちゃんに変身していたのでした。

 ゴリゴリゴリゴリっと鈍い音が続く中、突然コポッという音が聞こえました。
 その音と同時にドリルが止まり、男が「よし」と呟く声が聞こえました。
 どうやら私の頭蓋骨は無事に貫通したようです。私は、全くと言っていいほど痛みを感じないため、気絶する事なくそんな状況を冷静に把握する事ができたのです。
 しかしこれは、逆に恐ろしい状態でもありました。生身の状態で、肉を削られ、頭蓋骨に穴を開けられ、そして脳を卵かけ御飯のようにぐちゃぐちゃにされるのを冷静に感じられるのです。この恐怖は、ネズミ取りのカゴの中に閉じ込められたネズミの恐怖と、きっと同じでありましょう。
 
 男は、私のこめかみから銀のドリルをスポッと抜きました。
 お菓子の『横綱』のように捻り曲がったドリルが、ぶら下がる裸電球に照らされました。そこには私の肉片が、まるでミミズのように細長くなりながら絡み付いていました。
 男はカタンっと冷たい音を立てながらドリルをステンレスの皿の上に置くと、今度は、先が異様に長いメスを手にしました。

「馬鹿になる前に楽しんだ方がいいんじゃね?」

 私の頭を押さえていた加賀谷が男に笑いました。

「いや、馬鹿のほうが好きだから……」

 そう呟きながらメスを握る男の股間は、驚くほどに膨らんでいました。今から脳をぐちゃぐちゃにする事に興奮しているのか、それとも脳をぐちゃぐちゃにされて馬鹿になった私を犯す事を想像しているのか、男の股間は一目で勃起しているとわかるほどに膨らんでいたのでした。
 ギラリと輝くメスの先が私の耳元に迫ってきました。激しい心臓の鼓動に合わせながら呼吸している私の口の猿ぐつわからは、唾液が泡になってぶちゅぷちゅと飛び出していました。

「脳は……ちょっと痛いかも知れんぞ……」

 男の言葉と同時に、こめかみの穴にひんやりとしたメスの冷たさを感じました。
 その時になって、初めて私の口から「うぅぅぅ! うぅぅぅ! うぅぅぅ!」という唸り声が漏れました。
 穴の中を、メスがゆっくりと通過して行くのがわかりました。
 私は最高潮の恐怖を感じ、拘束された椅子の上で全身を引き攣らせながら、同時に失禁と脱糞をしました。
 メスの先が何かに触れた瞬間、頭の中にピキーンっという衝撃が走り、私の腕と足が無意識に跳ね上がりました。
 男はそんな私の状態を確認しながら、いろんな部分をメスの先でツンツンと刺しました。それをされる度に、私の体の色々な部分はおもしろいように跳ね上がり、まるで電流を流されているようでした。
 穴の中をメスで手探りしている男は、いったい何を探しているのか、私の手や足が跳ね上がるのを見ては、その度に「違うなぁ」と首を傾げていました。
 そんな男を冷静に見る事ができた私は、まさに、今からカゴごと水の中に沈められようとしているネズミのようでした。泣いても叫んでも、どれだけ暴れようとも、もう絶体絶命なのです。その最悪な瞬間は、すぐ目の前に迫っているのです。

 メスの先がゴリっという不気味な音を立てた瞬間、男の手が一瞬止まりました。
「ここだな」と、唇の端を歪ませた男は、ソッと加賀谷を見つめると、「見つけたから、ちゃんと押さえててね」と笑いました。
 メスを握る男の手首がゆっくりと回転しました。頭の中では、ハンバーグのひき肉をボウルの中で手で捏ねているような、そんなねちゃねちゃとした音を鳴り出しました。メスが脳の中で回転するのがはっきりとわかりました。
 突然、ビクン! と私の全身が跳ね上がりました。全く力をいれていないのに全身がガクンガクンっと揺れ始め、それはまるでエクソシストのようでした。
 舌がピリピリと痺れ、凄まじい吐き気を感じました。目の前がグルグルと回り出し、電気をカチカチされているかのように、目の前が暗くなったり明るくなったりと繰り返しております。
 男は素早くメスを抜くと、今度は、手長海老のハサミのような、先が異様に長いハサミを手にしました。
 そして「もうすぐ終わるから我慢しろよ」と囁きながら、それを再び私の穴の中に入れようとしたその瞬間、いきなり部屋全体がガコン! と歪んだのでした。

 ドドドドドッ……という凄まじい地響きと共に部屋中がユッサユッサと揺れ始め、テーブルの上に置いてあったメスやドリルがカタカタと金属の音を鳴らしました。
 男たちは、身動きしないままジッと天井を見ていました。天井からぶら下がっている裸電球がぶらぶらと揺れておりましたが、しかしそれは次第に大きくなっていき、サーカスの空中ブランコのように部屋の端から端を行ったり来たりしております。
 ふと、気づくと、私のすぐ横におかっぱの少女が立っていました。少女はルビーのような真っ赤な目で私を見つめながら、「地震だよ。津波も来るよ。火も来るよ」と微笑みました。
 その瞬間、突然、ドカン! と上下に跳ね上がりました。そしてそのままの勢いでグラグラグラと激しく揺れると、二人の男は、まるで誰かに引っ張られるようにして飛んで行きました。
 ドカン! ドカン! ドカン! と激しい縦揺れが連続しておこりました。幸い、私は椅子に拘束され、そしてその椅子はコンクリートの床に太いビスで止められているため、ジェットコースターに乗っているような程度の揺れで済みましたが、しかし二人の男は凄い勢いで天井まで飛んで行き、そして床に叩き付けられと、それを三回も繰り返していました。

 激しい縦揺れが繰り返した後、次第に揺れは治まってきました。ゆっさゆっさと緩やかに揺れる余韻を残しながら、そのままスーっと揺れは止まったのでした。
 揺れが治まると、今までのそれが嘘だったかのように、辺りはシーンっと静まり返りました。
 椅子の上からそっと床を見ると、二人の男はぐったりとしたまま倒れていました。
 加賀谷は即死しておりました。スイカ割りのスイカのように頭がパックリと割れ、そこから透明の液体をタラタラと垂らしていました。
 もう一人の男も恐らく死んでいます。どこでどう打つけたのかわかりませんが、右の目玉は飛び出し、顔は落花生のように真ん中が凹んでいました。

 私は、そんな無惨な二人を見て、素直に助かったと思いました。
 が、しかし、今の私は、頭にパチンコ玉ほどの穴が開いたままでした。しかも、あの長いメスが脳の中を一回転しております。
 そんな状態で、今、私は椅子に拘束されているのです。
 これほどの大きな地震ですと、きっと救援部隊はかなり後の事でしょう。しかも今私がいる所は、誰も収容されていない鎮静房の、それも今は使われていないB房なのです。
 病院の職員たちは、まさか私がこんな所に閉じ込められているとは思ってもいないでしょう。っというか、きっと今頃は本棟も大パニックになっており、職員たちは、半狂乱になった患者たちの制圧で手一杯になっているはずです。
 という事は、私はこのままここでひっそりと死ぬのです。せっかく、この凄まじい大地震でかすり傷ひとつ負わなかったというのに、皮肉な事に私は、頭に変な穴を開けられたまま、ここで糞尿にまみれて死ななければならないのです。

(つづく)

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