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蠢女5(百姓)

2012/12/02 Sun 00:01

5蠢女



 高い小窓から入り込んで来る黒煙は、床にへたり込んでいる私の頭上まで迫っておりました。ふと見ると、入口の鉄扉の下の隙間からも黒煙がメラメラと侵入しており、遂にこの建物にも火の手が回ったかと、私はなぜか笑っておりました。
 覚醒剤は異常な多幸感を与えてくれました。あと数分で窒息死する事がわかっているのに、なぜか無性に嬉しくて堪らないのです。
 あの世というのはいったいどんな所なんだろう、と、目を輝かせている私は、まるで初めての海外旅行のようにウキウキしておりました。お父さんやお母さんに会うのは久しぶりなのにこんな格好では恥ずかしいな、と、全裸に返り血を浴びた無惨な自分の姿を見ながらケラケラと笑っていました。
 不意に、あるメロディーが私の頭の中で流れ始めました。それは、さっきあの男の鼻をドリルで削った時にも浮かんだメロディーでした。
 そのメロディーを口ずさみながら、ぶらりと垂れ下がった加賀谷の陰茎をザクザクと切り取りました。
 血まみれのそれを口に銜えると、その意味不明なメロディーを口ずさみながら、黒煙の中でデタラメなステップを踏んで踊りました。
 すると、黒煙の中に例のおかっぱの少女がポツンと立っていたのでした。
 私は加賀谷のペニスをポン! っと口から吹き飛ばすと、少女に向かって「一緒に踊りましょうよ」と笑いかけました。
 すると、おかっぱの少女は「煙で死ぬのは苦しいから逃げたほうがいいよ」と、真っ赤な目で私を見つめながら呟きました。
「そんなに苦しいの?」と、私がせせら笑いながら聞くと、「喉とか肺が煤で真っ黒になるんだってさ。咳けば咳くだけ煙が喉に入って来て、咳いて咳いて咳きまくりながら悶え死ぬんだってさ」と、少女はそこで初めてニヤリと笑いました。
 覚醒剤で鋭くなっているのか、私の脳はそのシーンを酷く残酷に映し出しました。背筋がゾッとし、顔が歪むくらいに頬の筋肉が引き攣りました。

「怖い……」

 心底からそう呟いた私に、少女は「逃げれば」と鉄扉を指差しました。
 私は、森で人間と出会した熊のように焦りながら部屋の中をウロウロし始めました。そして足を止め鉄扉をジッと見つめると、いきなり突進し、そこに激しく追突しながらドアノブを捻ったのでした。

 ドアが開くなり、凄まじい量の黒煙が雪崩れ込んできました。幸いにも廊下にはまだ火は来ておらず、私は後ろを振り向かないまま一目散に廊下を走り出しました。
 どこをどうやって走って行けばここを出られるのかわかりませんでした。とにかく煙の少ないほうを目指して走っているだけでした。
 そう走っている最中も例のメロディーはずっと頭の中に流れていました。そして黒煙の中に緑色に輝く非常口の看板を見つけた瞬間、そのメロディーが『サザエさん』のエンディングテーマだという事に気づいたのでした。

 外に飛び出すと、待ってましたとばかりに新鮮な空気が喉に飛び込んできました。
 まだ夜は明け切れていませんでしたが、しかし、後方で燃え上がる大火が辺りを真っ赤に照らしてくれていました。
 林の向こうに本棟に続く渡り廊下が見えました。そこには、地震で亡くなったと思われる患者の遺体が、まるで打ち上げられた魚のようにズラリと並んでいました。

「高橋君は患者達に水をやってくれ! 私はもう一度二階を確認して来る!」

 そんな職員の声が、真っ赤に染まった夜空に響いておりました。
 今、このまま渡り廊下に飛び出して行けば、あの頼もしい職員に保護してもらえます。しかし、保護されたその後は、またいつもと同じ拘禁生活が続き、そして再び外部職員に捕まっては、加賀谷とあの男の復讐をされるのです。
 私は迷う事なく森の中に飛び込みました。あの地獄に戻るくらいなら、あのままB房で燻製になって死んでたほうがマシだったのです。
 ガサガサと凄まじい音を立てながら、まるで転がり落ちるようにして闇の森の中を走りました。
 行く宛などありません。帰る場所があるくらいなら、あの頼もしい職員に保護を願い出ます。
 私は死に物狂いで走りながら、いったい私は何から逃げているのだろうかと必死に考えていました。どうして私が逃げなくてはならないのか思うと、その理不尽さに思わず絶叫していたのでした。

 深い山の中をどこをどう走って来たのかわかりませんが、ふと気が付くと、丘の下の木々の隙間からアスファルトの道路が見えました。
 ここはいったいどこだろうと足を止め、明け方の群青色に染まった周囲を見回してみますと、木々の隙間にいくつかの赤いトタン屋根が並んでいるのが見えました。
 民家だ、と思うと、安心する反面不安に襲われました。
 というのは、この山の麓の集落に住んでいる人たちは、山の上にある精神病院に対して異常なほどの警戒心を持っていたからです。
 実際、今から十年ほど前、病院から脱走した患者が山の麓の民家に押し入り、年老いた夫婦を斧で惨殺するという事件が起きていたらしく、そんな事から、この周辺の集落は脱走者に敏感になっていたようでした。
 ここで集落の住人に見つかったら何もかもおしまいだと思った私は、まるで人里に迷い込んだ鹿のように慎重になりながら、地震で亀裂が入った道路を素早く横切りました。
 田んぼに忍び込み、畦の膨らみに身を伏せながら、向こう岸にある山を目指しました。
 田んぼを過ぎると、急なこう配が現れ、その先には大きな川が流れていました。
 津波の影響なのか川の水は異常に増水し、コーヒー色に濁った水は怒り狂ったように唸りを上げていました。
 どう考えても、かなづちの私には泳ぎきれる川ではありませんでした。しかし近くに橋はなく、住人に見つからないようにここを立ち去るにはこの川を渡らなければ方法はないのです。

 私は土手の草むらの中に身を隠しながら、呆然と川の唸りを見つめていました。いっその事、このままこの川に入水し、死んでしまおうかとも考えていました。
 そう絶望に打ちひしがれていますと、不意に背後から「おい」という野太い声が聞こえました。
 慌てて振り返ると、田んぼのあぜ道に中年の男が仁王立ちになっていました。

「おめぇ、上のキチガイ病院から脱走して来たんか」

 男は凄まじい目で私を睨みながらそう言うと、右手に持っていたクワをギュッと握り直しました。
 私は言葉を失いました。はい、と答えても、いいえ、と答えても、この凄まじい目をした男には通用しないと思ったからです。
 私が黙っていると、男はノシノシと私に向かって歩いてきました。
 そして呆然と座っている私の背中で立ち止まると、「なんで裸なんや」と呟きながら、私を見下ろしました。

「…………」

 私が黙っていると、男は私のこめかみの穴をジッと見つめながら「なんで血が出てるんや」と聞いてきました。
 そして黙ったままの私に「何とか言え!」と急に怒鳴ると、そのクワの先で私の肩を叩いたのでした。

 ガッと勢い良く跳ね返ったクワは、男の手から離れ土手の草むらの中へ飛んで行きました。もしかしたら私の肩の骨はヒビが入っているかもしれません。それくらい勢い良く叩かれたのです。
「うっ」と踞る私の腕を男は引っ張りました。そしてそのまま土手の下に私の体を引きずり下ろし、背丈ほどもある雑草の中に私を投げ捨てたのでした。

 聳える雑草の向こうに、青白い朝の空が広がっていました。私はそのまま雑草の中に倒れ、一斉に飛び立った異常な数のスズメの大群を見つめていました。
 そんなスズメの大群はそれを察知していたのか、彼らが飛び立ったすぐ後に地面がグラグラグラっと揺れました。
 私の足下に立っていた男は、余震に体をよろめかせながら私をジッと見下ろしていました。
 余震が治まるなり、男は私に「股開け」と言いました。
 ソッと視線を男に向けると、いつの間にか男は勃起した陰茎を突き出していました。

「大人しくし股開けば逃がしてやる」

 男はギラギラと光る目でそう呟きました。そして泥だらけの手でソレを握ると、わざと私に見せつけながら、ソレを上下に動かし始めたのでした。

 覆い被さってきた男の体には、獣の死臭のような酷い臭いが漂っていました。男が腰を動かす度に、その臭いは硬くなった陰茎と一緒に私に襲いかかってきました。
 最初のうちは無感情でした。百姓の筋肉質な腰がガンガンと私の股を打ち付けてきました。しかし私は、それを嫌がるわけでなく、又、感じるわけでもなく、ただただ無感情で冷静に見つめていました。
 しかし、しばらくすると、穴の中で蠢く男の肉棒が、まるで生き物のように感じられてきました。それは、うなぎのように長くくねくねした生き物が、必死になって私の穴の奥へ奥へと入り込もうとしている感触でした。
 そんな感触を、体を激しく揺さぶられながら冷静に受け取っていますと、何やら私の穴の奥から得体の知れないヌメリがじわじわと滲み出し、その長くくねくねした生き物をスムーズに招き入れたのでした。
 ヌメリにまみれたその生き物は、まるで水を得た魚のように私の穴の中を優々と泳ぎ始めました。それが出たり入ったりと繰り返されて行くうちに、何やら異様な快感が私の全身を走り始めました。
 気が付くと私は、今までに出した事のないような、いやらしい声を出していたのでした。
 こんな感覚になるのは、きっと覚醒剤のせいだと思いました。
 しかし、例え覚醒剤のせいだとは言え、そんな自分が酷く不潔に思えて許せませんでした。だから私は、その声が出ないようにと必死に唇を噛み締めていたのですが、しかし、体を逆向きにされて尻から激しく突かれると、その襲い来る快楽に気が狂いそうになり、おもわず私は発情した猫のように叫びまくっていたのでした。
 男は再び私を仰向けにさせると、貪り食うような激しいキスをしてきました。そして舌を抜き取るなり、こきこきと腰を振りながら呟いたのです。

「母ちゃんが死んだ。タンスの下敷きになって死んどった。息子の嫁も死んだ。落ちて来た天井に押しつぶされて死んどった。去年嫁いで来たばかりやというのに……もう……あの家には住みとうない……」

 男はそのまま「くっ、くっ」と鼻を鳴らしました。泣いているのかとそっと男を見ると、男は顔をくしゃくしゃにさせながら射精していました。

 どろどろの陰茎を穴から抜き取ると、男は首に掛けていた汚いタオルでそこを拭き取りました。そしてそのタオルを私の股間に投げると「おめぇも拭け」と呟きました。大富酒店とプリントされたタオルには、私のものと思われる赤い血が点々と付着していました。
 股間を覗くと、まだだらりと口を開いたままの穴からは、男の精液がドクドクと溢れていました。その精液には、やはり私の血が混じっており、まるでイチゴミルクのような色になっていました。
 ふと顔を上げると、既にそこに男の姿はありませんでした。
 土手を見上げても男の姿は見当たりませんでした。辺りを見回してみますと、氾濫する川辺にポツンと立っている男の後ろ姿が見えました。
 コーヒー色の水が男のすぐ足下で唸りを上げていました。液状化した地面がぐわんぐわんと波を打っているようなそんな迫力です。
 男はゆっくりと後ろを振り向きました。そして田んぼの真ん中にある半壊した自宅を寂しそうに見つめながら、まるで引き寄せられるようにしてその濁流に飲み込まれていったのでした。

 また、目の前で人が死にました。今日だけで私の目の前で人が死ぬのは三人目です。
 私は、ゆっくり立ち上がると、男が消えた濁流に向かって手を合わせました。そして土手を駆け上り、再び田んぼの中へと進んだのでした。

(つづく)

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