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蠢女10(汚物)

2012/12/02 Sun 00:01

10蠢女



 結局、私はヤンに連れられてあの部屋に行く事になりました。
 ヤンと二人でエレベーターに乗ると、さっきの女学生はもういませんでした。しかし、エレベーターの天井に人の気配を感じ、そっと天井を見上げてみますと、照明のアクリルカバーの割れた隙間から、例の木人形のような目がジッとこちらを見ていたのでした。
 八階でエレベーターを降り、さっきの部屋へと向かいました。「お腹、すいた? 大丈夫?」とヤンが聞いてきましたが、私は黙ったまま無視しました。するとまた、ヤンが私の顔を覗き込みながら、「あなた、行くとこある? ないでしょ? だから、どぞ」と、恩着せがましく笑いました。

 部屋の前で足を止めたヤンは、鉄の扉をガンガンっと二回叩きました。
 しばらくすると鉄扉の鍵がカタンっと上がり、ドアが不気味な音を立てて開きました。
 ドアノブを握ったまま顔を出した長い髪の女は、鋭い三白眼で私を睨みました。
 以前、山の上の精神病院で、この女と同じ目を見たのを、ふと思い出しました。その女は親殺しでした。極度なノイローゼだった彼女は、自分が誰かに殺されるという妄想に駆られ、茶の間でテレビを見ていたお母さんの頭に包丁を根元まで突き刺して殺してしまったという殺人犯でした。精神鑑定で実刑を免れ、山の上の精神病院に入れられていたのですが、しかし、その妄想が止まる事はなく、常に誰かに殺されると脅えながら暮らしていました。

 その女の目と、今、私を睨んでいる髪の長い女のその目は同じでした。
 私はとたんに怖くなり、下唇をギュッと噛み締めました。すると、私と彼女の間を真っ黒な影が横切って行きました。
 その黒い影はそのまま玄関の壁に張り付き、ヤモリのようにして天井を這い上がると、天井に張り付きながらガサガサと奥へ消えて行きました。
 そんな黒い影に、今までにない恐怖と危険を察知した私は、天井を這い回る黒い影を目で追いながら「ひっ」と肩を竦めました。
 そんな私を見ていた髪の長い女が、自分の左腕に注射を打つ真似をしながら薄ら笑いを浮かべると、そのままドカドカと奥の部屋へと消えて行ったのでした。。
 女のその仕草が覚醒剤を意味している事はわかりました。恐らくこの女は、挙動不審な私を覚醒剤中毒者だと馬鹿にしているのです。 
 ヤンは玄関で靴を脱ぎながら「気にしない。みんなトモダチね」と、嬉しそうに笑いました。

 そのままヤンの痩せこけた背中に身を潜めながら部屋に入りました。そこは、玄関脇に六帖の日本間と、その隣に四畳半の洋室、廊下を挟んだ正面にはトイレと浴室がありました。細い廊下を奥へ進むと花柄のフロアマットが敷かれた八帖ほどのダイニングキッチンが広がり、その続きで隣に六帖のリビングがありました。
 ゆったりと広く、間取りも良い部屋でしたが、しかしインテリアが妙に古臭く、そのために貪よりと暗い雰囲気を漂わせていました。
 壁の白いクロスはタバコのヤニで黄色く染まり、雨漏りのシミが壁と天井のそこら中に浮き出していました。洋間のリビングなのになぜか襖の押し入れがあり、そこの床はバラ模様の趣味の悪いビニールフロアマットが敷かれ、それが隣のキッチンに続いていました。
 バブル。そんな言葉が私の頭に浮かびました。以前、精神病院の視聴覚室で、バブル期に建てられた豪華マンションが格安で売られているというテレビ番組を見た事がありましたが、そこで紹介されていた部屋とこの部屋の雰囲気が全く一緒だったのです。
 そんな事を思い出しながら、ゴミだらけのダイニングキッチンを呆然と見つめていました。
 床には、大量のカップラーメンの空カップが散乱し、足の踏み場もない状態でした。そこに転がるカップラーメンは、ほとんどが中国語で書かれたものばかりで、他にも、韓国語やベトナム語で書かれた物もありました。
 ベランダには大量のゴミ袋が積まれていました。大きな窓は黒いゴミ袋で埋め尽くされ、窓としての機能を全く果たしていませんでした。
 その中でも特に酷かったのがキッチンでした。流し台の中に溜まった食器類はほとんどグラスしかありませんでしたが、しかしそんなグラスに混じり、様々なゴミが捨てられていました。
 真っ黒に変色したバナナの皮には小さな虫がウヨウヨと集り、食べかけのハンバーガーの袋の中には、針金のような触覚をひこひこと動かす巨大なゴキブリがジッと潜んでいました。
 大量のタバコの吸い殻が、まるでふりかけのようにパッとぶちまけられ、カピカピに乾いたうどんがシンクに張り付き、そしていつの物かわからない焼き魚が骨を剥き出しながら横たわっていました。
 何よりも驚いたのが生理用品でした。真っ黒な血が染み込んだナプキンや、大量の血を吸ってゴルフボールほどに膨らんだタンポンが、普通に流し台に捨てられていたのです。

 ダイニングキッチンに立ちすくみながら、そんな悲惨な流し台を呆然と見ておりますと、リビングの押し入れの中をガサゴソと漁っていたヤンが、押し入れに顔を突っ込んだまま「あったよ」と言いました。
 ヤンが押し入れから引きずり出してきたのは、透明のプラスチック収納箱でした。
 それをリビングの真ん中に置いてあった『布団のないコタツ台』の上にガコンっと置くと、箱の両サイドのロックをパコンっと外し、蓋を開けました。
 中には、赤や黄色や青といった原色ばかりの衣類が滅茶苦茶に押し込められていました。そこからはキツいカビ臭がむんむんと匂ってきます。

「これ、昔、ここに住んでたトモダチの服。もういらない、どぞ、着てください」

 ヤンはそう言いながら、箱ごと私に差し出してきました。
 その箱の横には、『エバリン』と書かれた黄ばんだ紙がビニールテープで貼られていました。
 その名前や、この派手な服からして、きっとこの持ち主はフィリピン人だと思った私は、さっきワンボックスカーの後部座席に座っていたフィリピン女の幽霊をふと思い出しました。
 ヤンのいう『もういらない』というのは、死んだからもういらないという意味だろうか……。
 そう思いながら、一番上にあったピンク色のタンクトップを指でつまみ上げると、そこに絡まっていた黄色いショートパンツが一緒になってくっついて来たのでした。

 私はそれらの衣類を無造作に取り出しました。そんな衣類の中には下着もありました。しかしそれは全てTバックで、しかもそれはキラキラのラメが入っていたり、真っ赤なレザーであったりと、まるで浅草のカーニバルで使用されるような派手な物ばかりでした。
 それでも失禁で湿ったままの下着でいるわけにもいかず、私はその中から一番地味な白いTバックを選ぶと、そのままヤンに浴室へと案内されたのでした。
 廊下に出ると、浴室前の日本間の襖が少しだけ開いているのが見えました。その隙間を見つめながら進んで行くと、不意に部屋の中で化粧を落としていた中国女と目が合いました。
 中国女はキッと私を睨みつけながら、慌てて破れた襖をバタン! と激しく閉めました。一瞬しか部屋の中は見えませんでしたが、その部屋の中にはその中国女と長い髪の女、そして顔面が真っ赤に焼け爛れた女が、焼けた髪からぶすぶすと煙を吹きながら私を見てケラケラと笑っていました。
 背筋をゾッとさせながらヤンの後について浴室に入りました。
 二帖ほどの脱衣場には、洗面所と洗濯機がありました。しかし、洗面所の白い陶器はキツネ色に変色し、正面のガラスには蜘蛛の巣のような模様をしたヒビが四方に広がっていました。

「脱いだ服、ここに入れて、下さい。明日、みんなの服と一緒、洗濯するね」

 ヤンは旧型の洗濯機を指差しながらそう言うと、洗濯機のボタンを押す振りをしながらピッピッピッと変な声を出しました。そしてその洗濯機を眺めながら「ドンキーで買った」と自慢げに微笑んだのでした。

 ヤンが脱衣場を出て行くと、私は急いでジャージを脱ぎました。失禁した下着は水に浸したように湿り、ジャージのズボンには太ももの裏にまでシミがじっとりと浮き出ていました。
 それらを洗濯機の中に放り込むと、そのまま浴室のドアを開けました。
 冷たいタイルに囲まれた浴室には、凄まじい匂いが籠っていました。そのほとんどは壁を真っ黒にしているカビの匂いでしたが、しかし、そんなカビ臭に混じり、何ともいえない独特な匂いがムンムンと漂っていました。
 恐る恐るタイル床に爪先を下ろしました。後ろ手でドアを閉め、ソッと首を伸ばしながら浴槽の中を覗くと、案の定、その中はキッチンの流し台と同様、ゴミ箱になっていました。
 さすがに生ゴミはありませんでしたが、しかし、シャンプーの空容器や石鹸の箱に混じり、使用済みのタンポンが浴槽の底に溜まった茶色い水に浮かんでおりました。
 そんなゴミの中には、アンパンマンのイラストが入ったオムツもありました。オムツにはウンチがべっとりと付着し、バリバリに乾いたそのうんちは緑色に変色しておりました。
 そして、ソフトビニールでできた黄色いヒヨコや、仮面ライダーの人形といった子供のおもちゃに混じり、男性器の形をリアルに形取ったバイブや、ピンク色に輝くローターといった大人のおもちゃが一緒に転がっているのも見えました。
 浴室に籠るこの異様な悪臭は、これらのゴミの底に溜まっている茶色い水が原因でした。きっとシャワーを浴びる度に、シャワーの湯が浴槽に飛び散り溜まっていったのでしょう。
 そんな浴槽の排水口には無数のコンドームが詰まっていました。そのコンドームをそこから引き抜き、この汚水を流さない限り、この悪臭はいつまでもここに籠る事でしょう。

 私はそんな汚水に顔を顰めながら、洗い場の隅に置いてあった椅子を引き寄せました。
 そこに腰を下ろすと、目の前に鏡が現れましたが、しかしそれも蜘蛛の巣のようにひび割れ、鏡としての価値はありませんでした。
 恐らくこのヒビは、鏡を拳で殴ったものに違いありませんでした。そんなヒビ割れた鏡に映る歪んだ自分の顔を見つめながら、この家は危険すぎる、と、呟いた私は、どっぷりと暗い気分のままシャワーの蛇口を捻りました。
 シャーっと水が噴き出すなり、脱衣場にあるボイラーが「ボッ!」と音を立てました。噴き出す水は赤錆で真っ赤でした。赤錆が消えるまで排水口に向けてシャワーを噴射しておりましたが、しかし、その排水口にも薄ピンクのコンドームとゴワゴワした大量の抜け毛が吸い付いていたため、赤錆の水は溜まって行くばかりでした。
 そんな排水口のゴミを恐る恐る爪先で摘みながら、浴槽の中に投げ捨てました。薄ピンクのコンドームの中には真っ白な精液がぶよぶよと溜まり、それがつい最近使われたものである事を物語っていました。
 こんな劣悪な浴室の中で、いったい誰がセックスなどするのだろうかと忌々しく思いながら、それを浴槽に思い切り投げつけると、それは水垢で黒ずんだ浴槽にぺたりと張り付き、そのピンク色したゴムの口から白い精液をタラタラと垂らし始めたのでした。

 浴室内は最悪でしたが、そこに並ぶシャンプーやボディーソープは高級そうなものばかり並んでいました。
 タオルがありませんから、手の平にボディーシャンプーをスコスコと噴き出させ、それを体中に塗り込みました。
 陰部をくちゅくちゅと洗いますと、そこにピリピリとした痛みを感じました。屈強な自衛隊員七人に輪姦された痛みと怒りが今になって沸々と湧き出し、私はやけくそになってそこを洗いまくったのでした。
 そうしていると、ふと、脱衣場に人の気配を感じました。浴室のドアの下部にあるアクリル板は割られたのでしょうか、そこにはアクリル板の代わりにベニヤ板が簡易的に嵌め込まれていました。
 ですから、浴室から脱衣場の様子をアクリル越しに伺うという事はできなかったのですが、しかし、そこに嵌め込まれたサイズ違いのベニヤ板には、微かな隙間ができていました。
 私は恐る恐るその隙間を覗きました。またしてもそこに魔物が潜んでいたらと思うと、一瞬にして足の指がギュッと縮まりましたが、しかし、何が潜んでいるのかわからない状態で髪を洗うというのは、魔物と目が合う事よりも恐ろしかったのです。
 数ミリの隙間からは洗濯機が見えました。その洗濯機の中をヤンが覗き込んでいました。
 ホッとしました。得体の知れない魔物ではなかっただけ安心しました。
 しかし、ヤンはいったい何をしているのだろうと嫌な胸騒ぎを覚えました。こんな時間に洗濯をするのは考えられないのです。
 すると、突然ヤンは洗濯機の中に手を入れました。そして私の失禁で濡れた下着を摘まみ出したのです。
 ヤンは私の下着をゆっくりと広げると、私の陰部が押し当たっていた部分をジッと見つめました。その部分は失禁でぐしょぐしょです。それに、七人の男たちに中出しされた精液が滲み出し、きっとそこは凄まじい事になっているに違いありません。
 しかしヤンは、その部分をクンクンと嗅ぎ、恍惚とした表情を浮かべております。そしてモゾモゾとズボンを下ろし始めると、そこから巨大な肉棒を引きずり出し、私の下着の汚れた部分を真っ赤な舌でチロチロと舐めながら、肉棒を上下に動かし始めたのでした。

 最初からそれなりの覚悟はしておりました。ヤンについてこの部屋に来た時から、ヤンに体を求められるだろうとわかっていました。
 どうせ私は、薄汚い男たちに散々汚されて来た女です。寝る所もなく、食べるものもなく、お金もない、そんな状態だった私は、それを手に入れる為ならヤンに抱かれるくらいどうでもいいとヤケクソになっていたのです。
 しかし、そう覚悟していた私も、この変態行為をまざまざと見せつけられると、さすがに恐怖を感じました。自衛隊員たちの精液がこびりつく部分に、亀頭を擦り付けながらハァハァと唸っているヤンの姿を見て、たちまち背筋が凍ったのです。
 私は慌ててシャワーを頭にぶっかけました。項垂れたまま、怖い、怖い、怖い、と呟き、流れの良くなった排水口をジッと見つめていました。
 すると、そんな排水口の網の隙間から何やら長い生き物が這い上がってきました。
 それは蛇のように長いムカデでした。真っ黒な鎧をまとい、赤い触覚と無数の赤い足をガシガシと忙しなく動かしながら、ムカデは排水口を這い上がってきたのです。
「きゃっ!」と短い悲鳴を上げた私は、慌てて両脚を上げました。
 すると、その悲鳴に気づいたヤンが、サッと素早く脱衣場を出て行きました。
 しかし、這い上がって来たムカデは無数の赤い足をガシガシと動かしながら洗い場を走り回っております。
 私はシャワーの温度を最大に上げると、その熱湯をムカデに噴きかけてやりました。するとムカデは更に速度を上げて走り出しましたが、しかしその厳つい鎧も熱湯には敵わなかったらしく、ついに真っ赤な腹を向けてもがき苦しむと、まるで掃除機のコードが巻かれるようにして、クルリと丸まってしまったのでした。

 恐る恐る赤い足を爪で掴みました。だらりと伸びたそれを摘みあげ、それをさっきのコンドームのように浴槽に投げ捨てました。
 ベタンっという音を立てて浴槽に叩き付けられたムカデは、そのまま浴槽の底に溜まる汚水に落ちました。
 その黒くて長くてグロテスクなムカデの死骸は、さっき見たヤンの男根に良く似ていたのでした。

(つづく)

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