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蠢女11(トモダチ)

2012/12/02 Sun 00:01

11蠢女




 浴室を出ると、廊下はシーンっと静まり返っていました。さっきまでは、女たちがいた日本間からテレビの音が聞こえていましたが、それも消えています。
 私は恐る恐るリビングに向かいました。本当はこのままこっそり部屋を出て行きたかったのですが、しかし、まだ暗いうちはあの女学生がいるエレベーターやカラスが蠢く非常階段に行く勇気はなく、仕方なくヤンのいるリビングに向かったのでした。

 リビングではソファーに座ったヤンが携帯を弄りながらビールを飲んでいました。
 ヤンは、ピンクのタンクトップに黄色いショートパンツという色気違いのような私の格好を見るなり、「よく似合います」と笑いました。そんなヤンの後ろには、さっき女の部屋にいた、顔面が火傷で爛れた女が身を潜めながらニヤニヤと笑っていました。
 ヤンは私にソファーに座るよう進めました。火傷の女に脅えながらソファーの隅にソッと腰を下ろすと、ヤンはコンビニの袋の中からビールを取り出し「どぞ」と、それを私の前に置きました。
 私は酒が飲めませんでした。しかし、喉はカラカラに乾いており、今なら、あの浴槽に溜まっていた汚水さえも飲めそうなくらい、私の乾いた喉は水分を求めていました。
 小さくお辞儀しながら缶ビールの蓋を開けました。恐る恐るクピッと一口飲みました。顔が歪むほどの苦みを口内に感じましたが、しかし、喉はそれを貪欲に欲しがり、気が付くと私はそれをグビグビと飲み始めていたのでした。
 ヤンはそんな私に笑顔を向けると、再び携帯を弄り始めました。雨漏りのシミが浮かぶ壁の時計は、いつしか四時を指していました。

 しばらくすると、私の顔は真っ赤に火照っていました。次から次に熱い息が胸に込み上げ、ハァハァと肩で犬のように口呼吸をしていました。

「酔いましたか?」

 そう笑うヤンに、私は初めて笑顔を向けました。きっと酔っていたのでしょう、ロボトミーで傷つけられた脳がぐわんぐわんと回っております。

「ここ、心配ない。ここ、私たちしか住んでません。だから大丈夫。警察もヤクザもこない。安心」

 ヤンは私の身の上を疑っているのか、警察とヤクザという言葉を強調してそう言いました。

「……どうして……誰も住んでいないんですか?……」

 私は、込み上げる息をハァハァと吐きながらヤンに聞きました。

「ここ、もうすぐ壊されます。ヤクザの幹部、ここ買いました。もうすぐここ、大きなマンションできます」

 ヤンはゆっくりとソファーを起き上がりながらコタツの上の缶ビールを掴むと、クピピピピっと音を立てながら一口飲み、そしてまた話を続けました。

「ここ、私のトモダチ、ビルでした。トモダチ、悪いヤクザとケンカして○○に帰った。もう日本にいない。だから、ここ、売った。でも、ここ、壊すまで私たち住んでるはいい。だから大丈夫です。警察もヤクザも、ここ、絶対来ない」

 そうヤンが笑ったとき、ヤンの携帯が鳴り出しました。ヤンは私に「ごめなさい」と笑いながら携帯を取り、そのままキッチンへと席を外しました。
 ヤンがいなくなると、それまでヤンの背後に身を潜めていた火傷の女がヌッと現れました。
 女は私を真正面から見つめながらケラケラと笑っております。彼女の顔面は真っ赤に爛れ、鶏のささみのような形をした紫色の筋肉が顔中に走っていました。唇は焼け、歯はむき出しになってました。右の目玉が今にもポロリとこぼれ落ちそうで、そこからひっきりなしに黄色い汁を垂れ流していました。
 私は酔っていた勢いもあってか、そんな女に脅える事なく真正面から向き合っていました。
 ケラケラと笑い続ける女の笑い声と共に、キッチンで電話をするヤンの○○語が聞こえてきました。

「あいつは今、お客さんにおまえを紹介してるんだ」

 女の笑い声がピタリと止まったかと思うと、そんな声がどこからか聞こえてきました。
 その声が聞こえたとき、女の口は動いていませんでした。だからまた別の誰かがそう話しているのかと思い、私は辺りをきょろきょろと見回しました。

「私だよ。私が喋ってるんだよ」

 その声は確かに女が話しているようでした。しかし、女は鬼のような目でジッと私を睨んでいるだけで、女の口は動いていませんでした。

「あいつは今、糞野郎共にあんたを売り込んでいるのさ。あんたまだ若いから、たぶん二十万円くらいで売られると思うよ。私は五万円だった。三十五歳の子持ちだったから、たったの五万円で糞野郎共に買われた。そしてこのビルの地下で散々痛めつけられて犯されてビデオを撮られた挙げ句、ガソリンをぶっかけられて焼かれた。まだ熱いよ。まだ火が消えないんだよ。ほら、ここを見てよ内臓がぶちぶちと音を立てて沸騰してんだから」

 そう言いながら女はゆっくりと立ち上がると、ぱっくりと開いた下腹部を私に向け、その中でグダグダと蠢いている内臓を見せつけました。
 私が「ひっ!」と喉を引き攣らせると、女は黄色い汁の涙をダラダラと流しながら、「だから早く逃げた方がいいよ。あの糞野郎共に買われたら、あんたも私みたいに無惨に殺されちゃうよ」と言い、そのままスッと消えてしまったのでした。

 呆然とする私の肩を、ヤンがポンっと叩きました。
 振り向くと、ヤンは今までにない笑顔で笑っていました。

「あなたラッキーです。私のトモダチ、明日、ナガノ行くよ。ナガノも絶対安心。ここと同じ、警察もヤクザも絶対来ない。私のトモダチ、あなたに仕事紹介します。コンビニの弁当作る仕事、簡単です。給料も沢山もらう。アパートもある。あなたラッキーです。すごい」

 ヤンは、わざとらしくそう驚きながら、コンビニの袋の中からコンビニのおにぎりをひとつ取り出しました。そしてそれを私の手に握らせながら「ほんと、あなたラッキーだよ。すごいね」とまた言い、そのまま押し入れの襖を開けたのでした。

 取りあえずそのおにぎりを貪り食いました。夕方に新宿東口でおにぎりを食べたきりでしたから、とても腹が減っていたのです。
 パシパシと海苔の音を立てながらモグモグと咀嚼しておりますと、ヤンは押し入れの中から毛布を一枚引きずり出しました。

「今日は、ここ、寝て下さい。朝になったら私のトモダチ、あなた迎えに来ます。ちゃんと来るから大丈夫。何も心配ない。だから、安心して、ゆっくり寝て下さい」

 ヤンはソファーの上に毛布を置くと、そのままニヤニヤしながらキッチンへと向かい、「おやすみ」と、廊下の手前の四畳半の部屋に入って行ったのでした。

 乾いた喉におにぎりの海苔がひっついていました。それが邪魔をして米が喉で詰まっています。
 慌てて缶ビールを掴みましたが、しかし、私の缶ビールは既に空でした。ヤンが置いて行ったビールの缶を握ると、ちゃぷんっと手応えがありました。
 それを一気に飲み干しました。詰まっていた米がヌルっと喉を通過し、不意に、故郷の被災地で見知らぬ百姓に強姦された時の感触を思い出しました。

 部屋は静まり返っていました。時折、隣のヤンの部屋から携帯で話すボソボソとした声が聞こえましたが、それ以外は水を打ったかのように静まり返っていました。
(早く逃げろ)
 そんな声が、ふと、頭の中で聞こえた気がしました。
 逃げた方がいいという事はわかっていますが、しかし、まだヤンが起きているため逃げようにも逃げ出せません。
 そうしているうちに、睡魔が襲ってきました。おにぎりで腹が膨れたのと飲み慣れないビールを飲んだせいか、その睡魔はまるで麻酔を打たれたようにグワングワンと頭を回してきます。
 しかし、ここで寝てしまえば、目が覚めた時には私はヤンのいうトモダチに連れて行かれます。そしてあの女のように無惨に殺されるのです。
 私は眠気を覚まそうと部屋の中を歩き回りました。
 ぐるぐると何周かしていると、細かい部分までが見えて来て、改めてこの部屋の汚さに驚きました。
 しばらくして隣の部屋に聞き耳を立て、またしばらくして隣の部屋に聞き耳を立てるという動作を、何十回となく繰り返しました。
 ヤンは私が逃げないように見張っているのか、まだ寝ていないようです。
 私は、どうせなら金目の物はないかと部屋を物色し始めました。
 ここから逃げるにしても、金がなくては明日から困るからです。
 しかし、この部屋に金目の物は何一つありませんでした。
 そこで私は、さっきからヤンがガサゴソしていた押し入れの襖を開けてみました。
 押し入れの中は、まるで地震の後のように物が散乱しておりました。そのひとつひとつをソッと摘まみ上げ、百円でもいいから出て来ないものかと必死で物色しておりました。
 そのほとんどは女物の衣類でした。恐らくフィリピン人か中国人の物でしょう、田舎のフリーマーケットに持って行っても絶対に売れないような奇抜な服ばかりでした。
 すると、そんな衣類の中に、段ボールが一つ埋もれていました。段ボールの口にはガムテープが貼ってありましたが、しかしそれは何度も剥がされた形跡のあるガムテープで、既にピラピラに乾いていました。
 押し入れの中に上半身を突っ込んだまま、乾いたガムテープをスルスルと剥がし、ソッと段ボールを開けました。
 中には大量のDVDが詰まっていました。パッケージのない透明ケースに入った白いDVDです。
 こんな物は金になりませんでしたが、しかし私は、そのDVDがとても気になりました。というのは、さっき火傷の女が「ビデオを撮られた」と言っていたのを思い出したからです。
 私は、恐る恐るその中から一枚のDVDを取り出しました。白いDVDには、テプラで作られたタイトルが貼ってありましたが、しかしそれは○○語だったため読めません。
 私は一枚一枚取り出し、そのタイトルを見て行きました。案の定、それは全て同じタイトルが貼られていたのでした。

 そこから一枚取り出した私は、段ボールを元通りに直し、そこにまたカビ臭い衣類を被せました。そしてソッと押し入れから抜け出ると、部屋の角にあった三十インチのテレビの前にしゃがみました。そんなテレビの下の台にはDVDデッキがちゃんとありました。

 私は、ここを逃げた暁には、そのDVDを警察署に持って行こうと考えていました。もちろん、こんな事件に巻き込まれては私の身元もバレてしまい、その場で殺人容疑で逮捕されてしまいますので、こっそりと警察署に置いてくるつもりです。
 しかし、このDVDがあの火傷女が言うようなものだったら良いのですが、もし中身が違ったら意味がありません。
 だから私は、危険を顧みず今ここでこのDVDの中身を確かめようと思ったのです。

 DVDデッキのボタンを押すと、ギィィィィンっという音共に中に入っていたDVDが出てきました。そのDVDは市販のアダルトDVDでした。『おもらし婦人』とタイトルがプリントされているのを見た私は、だからヤンは私が失禁した下着に欲情していたのかと思い、おもわず噴き出しそうになりました。
 それを取り出しDVDを入れました。デッキはDVDをスッと飲み込んで行きました。それと同時にテレビのリモコンでスイッチを入れ、素早くリモコンの『消音』ボタンを押しました。

 画面には静止画の天気予報が映し出されていました。一瞬、画面の上に『津波の心配はございません』というテレロップが流れた所を見ますと、またしても故郷で余震があったのかと気が滅入りました。
 迷いながらも、チャンネルを『外部入力2』に変えました。『外部入力1』はBSが流れていましたから、恐らくDVDは『外部入力2』だろうと思ったのです。

 しばらくすると青い画面が黒く変わりました。
 やはり『外部入力2』だったと喜んだのも束の間、その画面には、いきなりとんでもないシーンが映し出されたのでした。

(つづく)

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