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蠢女15(臭穴)

2012/12/02 Sun 00:01

15蠢女



 それは一瞬の出来事でした。
 暗闇の中でふわっと宙に舞ったかと思うと、すぐに私の体にぶよぶよとした物がバチバチバチと当たり、そのままその塊の奥深く体を飲み込まれてしまいました。
 そのぶよぶよの物体が何なのか、真っ暗闇の中ではわかりません。ただ、それは異様なほどの臭気を発し、もがく私の手には髪の毛のようなものが絡まり、そして口の中には赤錆臭い汁が入り込んで来る事から、それが非常に危険な物体の塊であるという事だけははっきりとわかりました。
 その塊は穴の底にどっぷりと溜まっていました。積み重ねられたそれは二メートルはあるでしょうか、私の体は完全にそこに埋もれていました。
 怖くて目を開けられませんでした。そのぶよぶよとした不気味な物体に包まれていた私は、一刻も早く悲鳴を上げたいところでしたが、しかし穴の上にヤンたちの気配があるため声も出せませんでした。
 鼻から呼吸をすると嘔吐してしまいそうになる為、唇を少しだけ開け、スー、スー、スー、と少しずつ呼吸をしました。しかし、そうすると赤錆臭い汁が唇の中に滑り込み、その度に、腐ったマグロの刺身を食べたときのような血生臭さを覚えては、更に吐き気を催すのでした。

 頭上からヤン達の声が聞こえてきました。二人は穴の中を覗き込みながら、母国語で何やらボソボソと話し合っていました。
 突然、「ドン!」と発砲音が鳴り、すぐ頭上で「べちゃん!」という音が響きました。その「べちゃん!」という音は、このぶよぶよとした物体が弾けた音なのでしょう、まるで泥だらけの田んぼで尻餅をついたときのような、そんな音でした。

「生きてるか?」

 発砲音の後、ヤンの声が響きました。

「おーい、どこにいるの? 助けてやるから声を出せ。こんな所にいると、死んでしまうね」

 どうやらヤンは、私の姿が確認できていない様子でした。恐らくヤンはこの穴の中に懐中電灯を照らしながら必死に私を捜しているのでしょう、その後も、何度も「助けてやる」と呼びかけていました。
 ヤンが私を発見できていない事を知り、安堵を覚えた私は恐る恐る目を開けました。
 天井の穴から差し込む懐中電灯の明かりが、私のすぐ目の前で押しつぶされている女の口内をぼんやりと映し出していました。
 きっとこの女は壮絶なリンチを受けたのでしょう、ぽっかりと開けた口の中には歯が一本もありませんでした。
 そんな女の鼻が私の鼻に押し付けられていました。幸い、女は目を閉じていたから良かったものの、もし女が目を開いていたら、目を開けた瞬間、私は叫んでいた事でしょう。
 
 再び「ドン! ドン! ドン!」という発砲音が響きました。
 それに混じって「パン! パン! パン!」という音も聞こえて来ました。ヤンと大男が一斉射撃を始めたのです。
 ヤン達は死体に向かって撃ちまくっているようでした。私がどこにいるかわからない為、滅茶苦茶に撃ちまくっているのです。
 そのうちの何発かは私のすぐ横を通り過ぎて行きました。死体の腐った肉を砕きながら、しゅぶしゅぶしゅぶっと不気味な音を立てて、私の顔を横切って行きました。
 生きた心地はしませんでした。いつ弾が脳天を直撃するかと思うと、発砲音が聞こえる度に頭の血管が切れそうなくらい全身に力が入りました。
 しかし、そんな恐怖の中、微かな望みもございました。というのは、ヤンがここまで必死になって拳銃を撃ちまくっているのは、彼らはここには下りて来れないという事を裏付けていたからです。
 このまま我慢していれば、きっとそのうちヤン達は諦めるでしょう。それまでなんとかこの弾に当たらずにいられたら、もしかしたら生きてここを出られるかも知れない。そんな望みで自分を励ましながら、私はその弾の恐怖に必死に耐えていたのでした。

 しばらくすると二つの発砲音は同時に止まりました。それでもしばらくの間は、コンクリートの壁に反射した発砲音が穴の中をワンワンと響いていました。
 ヤンが母国語で何か言いました。大男が「うん、うん」と返事をしておりました。
 と、その時、一瞬、天井から照らされていた懐中電灯の光が、何やら不思議な動きを見せ、「あっ」と二人が同時に叫びました。
 私のすぐ頭上で「ボテっ」という鈍い音が聞こえ、すかさずヤンが凄い剣幕で怒鳴りました。
 恐らく、大男は穴の中を照らしていた懐中電灯を落としてしまったのでしょう、それまで頭上を照らしていた明かりが、今は私のすぐ斜め上で発光しているのです。
 ピシャン! という乾いた音が聞こえました。恐らくヤンは大男の頬を叩いたのでしょう、大男は必死に謝っているようです。
 しばらくすると、ガサガサという足音と共にヤンのその怒鳴り声が遠ざかって行きました。そして母国語で必死に謝る大男の声と共に、鉄の蓋がガタガタする音が聞こえ、突然、バタン! という激しい響きが轟いた後は、二人の声は完全に消えてしまったのでした。

 それでも、しばらくはそのまま身を潜めていた私でしたが、耳の裏で何かが蠢いている気がしてムズムズしていた私は、挟まっていた右手をゆっくりと持ち上げ、人差し指でソッと耳の裏を掻きました。
 すると、それは私の指にも絡んできました。細長くてヌルヌルしてくねくねと動きの速い生き物です。
 その感触からして恐らくミミズだろうと思いました。とかくミミズは死体が好きです。小学生の頃、校庭の花壇の中で死んでいたスズメの死骸の腹の中に、大量のミミズが蠢いているのを見た事があります。ミミズが肉を食べるのかどうかは知りませんが、中学生の頃にも、通学路脇の田んぼの畦で死んでいた大きなトノサマガエルの死骸に、無数のミミズが群がっているのも見た事があります。
 ですから、これだけの腐乱死体があれば、ここにミミズの百匹や二百匹いてもおかしくありません。いや、千匹、一万匹のミミズがいたっておかしくないのです。
 そう思いながら、その蠢くミミズを指で摘んでやりました。私はまだ生きてるよ、と、ミミズに教えてやろうと、それを目の前に持ってきました。
 その瞬間、「ひっ」と私の喉が引き攣りました。なんとそのミミズは緑色だったのです。全身がキラキラと輝く、蛍光色のように美しいペパーミントグリーンだったのです。
「わっ」と顔を顰めながら指を離しました。すると驚いたミミズは狂ったように暴れ出し、私の目の前でぽっかりと口を開いている女の頬に張り付くと、そのまま女の口内に潜り込んではウネウネと暴れまくりました。
 それを見たとたん、こんな不気味なミミズがそこら中に蠢いているのかと焦り、全身が痒くなってきました。
 しかも、口内で暴れ回っていた緑のミミズは、いきなりピタリと蠢くのをやめると、そのままズルズルと這いながら喉の奥に滑り込んで行ってしまったのです。
 それを見た瞬間、さっきから私の唇にネトネトとまとわりついているこの液体がミミズのように思えてなりませんでした。口呼吸している私の唇の隙間から、ペパーミントグリーンのミミズがツルツルと滑り込んで来ているような気がしてならず、たちまち内臓でぐにぐにと蠢いているような気にさえ陥ってしまったのでした。

 我慢できなくなった私は、そこから抜け出そうとしました。
 両側に迫っていた肉の塊に両手を付き、プールから上がるようにして両腕をおもいきり伸ばしました。
 両手がぐにゅぐにゅぐにゅっと肉に埋もれました。すかさず、重なっている死骸の隙間に足を掛け、そして両手で体を支えながら、ジャンプするようにして両脚を勢い良く伸ばしました。
 ブチョ! っと音を立て、私の体は遺体の塊の中から抜けました。その途端、私が埋もれていた所にぽっかりと開いていた穴から強烈な異臭がモワッと溢れ、私は慌てて死骸の塊の上を這いながら壁の隅へと逃げたのでした。

 よく肥えた女の大きな尻が、壁の隅にどっぷりと横たわっていました。座るにはもってこいだと思った私は、その腐りかけてぶよぶよになっている尻に「ごめんね」と囁きながら静かに腰を下ろしました。
 そこから改めて穴の中を見渡しますと、それはこの世のものとは思えない光景でした。
 穴の真下に位置する場所には、ちょっとした山ができていました。壁の隅にいた私からは、その山が邪魔をして部屋全体を見渡す事はできませんでしたが、恐らく、このコンクリートの壁に囲まれた四角い部屋は二十帖ほどはあるだろうと思いました。
 死体から天井までは、ビルの三階ほどの高さがありました。そんなコンクリートの部屋の中には、まるで生ゴミのようにして死体がどさどさと捨てられていました。その数はわかりませんが、二十帖ほどの部屋全体に約三段くらい積み重ねられていますから、軽く見ても二百体はあるだろうと思われます。
 これらの死体は、恐らくヤン達の組織に生け贄にされた者達の死体でしょう。そのほとんどの死体には、無惨にリンチされた跡が生々しく残っていました。
 改めてヤン達の恐ろしさを実感しました。彼らはその反日という思想だけで、これだけ多くの日本人を虐殺していたのです。しかもそのほとんどは女でした。中には小さな子供や年老いた老人らしき死体も見えます。
 ヤン達は、そんな弱い者ばかりを拉致し、無惨に虐殺し、そしてそれをDVDに収めては日本政府に送りつけていたのです。
 いったいヤン達は、何を目的にしてこんな惨い事をしているのでしょう。政府から金を巻き上げる為でしょうか。それとも単なる復讐の為でしょうか。
 それは私にはわかりません。わかりませんが、とにかくこれは、ポル・ポト政権による自国民虐殺や、イラクのクルド人虐殺、そして日本軍の南京大虐殺に匹敵するほどの、残酷且つ無惨な虐殺だと私はそう思いました。
 
 そう愕然としている間にも、私の体温はみるみると下がって来ました。死体の中に埋もれている間は然程感じませんでしたが、しかしそこから抜け出してみると、この部屋は異様なほどに寒いのです。
 いったいここはどこなんだろう。そう思いながら私は、山の頂上の茶髪の女の頭にめり込んだ懐中電灯を取ろうと、肥えた女の大きな尻からゆっくりと起き上がりました。
 しかし、起き上がってからふと思いました。もしかしたらまたヤン達が穴を覗くかも知れません。その時、もし懐中電灯の落ちた位置が違っていたら、私が生きている事がバレてしまうのです。
 懐中電灯はそのままにしておいたほうがいいだろうと思い、再び女の尻に腰を下ろしたのですが、しかし、座った瞬間、体勢を崩してしまった私は、女の尻からズルッと落ちてしまいました。
 尻に感じたその感触は、まるで熟した柿の皮を指でズルッと捲ったような感じでした。見ると、腐った女の尻は皮がベロっと捲れていました。どろどろとした黄色い脂肪の膜に覆われたその奥には、まるでレバ刺しのような色をした生肉がテラテラと輝いていたのでした。

蠢1roving-pile

 皮が捲れた尻は、ムンムンと凄まじいニオイを発し始めたため、私は慌てて場所を移動することにしました。
 四つん這いになりながら、死体の上をゆっくりゆっくり進みました。潰れた顔や割れた頭、内臓をえぐり取られた腹などに恐る恐る両手をつきながら、中心の山を昇りました。
 こんもりと盛り上がった山の頂上に来てみると、奥の壁の下の方が鉄格子で仕切られている事に気づきました。そしてその鉄格子の向こう側にはチロチロと水が流れているのが見えました。
 私は焦りました。それは、ここから脱出できるという喜びの焦りと、ここからヤン達がやって来るのではないかという恐怖の焦りでした。
 そんな二つの焦りに背中を押された私は、死体の山を滑り台のようにしてずるずると滑りました。
 私の尻に擦られた死体は、面白いようにベロベロと皮が捲れました。顔、背中、腹。それらの皮が無惨に捲れ、そこから溢れ出した黄色い脂肪とドロドロした膿が潤滑油となり、滑る私に勢いを付けてくれたのでした。

(つづく)

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