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16蠢女




 部屋の奥の壁には二メートル程の真っ赤に錆びた鉄格子が嵌め込まれていました。ギリギリまで死体が重なっているため、その隙間は三十センチ程しか開いていませんでした。
 その鉄格子に沿って、人が屈んで入れるくらいのトンネルが横に走っていました。底にチロチロと水が流れている所から、暗渠としか思えませんが、しかし、普通の暗渠にこれだけの死体が堂々と積まれ、誰も気づかないというのは到底考えられません。そんなすぐに見つかる場所にヤンの組織がこれだけの死体を隠すわけがないのです。

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 そう不思議に思いながら、なんとかその暗渠に出られないものかと、鉄格子を一本一本押しながら進んで行くと、その鉄格子の一番端に鉄柵の扉があるのを発見し、私はぐじょぐじょと死体を這いながら一番端へと進んだのでした。
 山のあっち側の死体に比べ、こっち側の死体は腐乱が激しく、その肉はもはやどろどろに液状化しておりました。
 そんな死体に顔を顰めながら必死に進んでおりますと、ふと、ある事に気づきました。ここに転がる死体は、なぜか皆、尻と太ももの肉が綺麗に削がれ、骨が剥き出しになっているのです。
 なぜだろうと不気味に思いながらも、私は部屋の角へと必死に進んだのでした。

 その鉄柵扉の前は人が出入りできるようになっていました。死体が雪崩れ込んで来ないように三メートル程の鉄格子で四角く囲われたそこには、人一人が通れる程の通路と三段の階段がありました。
 三メートルの鉄格子をよじ上り、通路に下りました。コンクリートの通路には死体から滲み出た血と膿が流れ出し、汚水に汚れた川の底のようにヌルヌルしておりました。
 コンクリートの階段に比較的新しい足跡を発見しました。助かるかも知れないという喜びと、あいつらが来るという恐怖に苛まれながら、私はヌルヌルの階段を恐る恐る下り、やっと鉄柵扉に辿り着いたのでした。

 しかし、案の定その鉄柵扉には頑丈な南京錠が掛けられていました。押しても引いてもその南京錠がカタカタと悲しく揺れるだけです。
 振り向くと、鉄格子に押し付けられた死体の顔がずらりと並んでいました。カッと見開いた目、焼かれて爛れてどろどろになった目、殴られ過ぎて瘤のように腫れ上がった目、そして目玉をえぐられてポッカリと開いた二つの穴。そんな無惨な死人達の目がジッと私を見ていました。
 まるで生きているようでした。今にも「うぅぅぅぅ」と唸りそうなそんな生々しい顔ばかりです。
 これらの死体は、葬式の棺桶の中で見る、『安らかなお顔』ではありませんでした。苦しみ、絶望し、絶叫しながら果てた顔ばかりです。いわゆるこの死体には表情があるのです。「ぎゃゃゃゃゃゃ」と絶叫したその瞬間に、高速冷凍したような生々しい表情なのです。
 私は、そんな顔を見つめながら、明日は我が身だと思いました。あと数日もすれば、私も彼女達に混じってあんな顔をしているんだろうと思うと、おもわずその場に泣き崩れました。トンネルに声が響かないよう、必死に声を押し殺しながら泣きじゃくったのでした。

 どれくらい時間が経ったでしょうか、ふと気が付くと、私は鉄柵扉に凭れながら眠っておりました。
 よくこんな状態で眠れるものだと思うでしょうが、それは眠りというよりも、もはや気絶に近い眠りでした。
 すぐ目の前に、鉄格子の隙間に顔を押し付けている若い女がいました。虐殺されながら両親や彼氏の事を思い出していたのでしょうか、とても悲しそうな顔で泣いたまま死んでおります。
 その隣で同じように鉄格子に顔を押し潰している金髪の女は、怒りでした。どうして私がこんな目に遭わなきゃならないんだとばかりに、目と歯を引ん剝きながら凄まじい怒りの形相で死んでいました。
 そんな二人の顔には巨大なカタツムリが無数に張り付いていました。不気味な触覚をぐにょぐにょと動かしながら、若い女の唇の中に潜り込み、そして怒る金髪女の引ん剝いた目玉の上を移動していました。
 私はむくりと起き上がると、そのカタツムリを一匹摘まみ上げました。そしてコンクリートの床に置き、それを一気にぐしゃと踏みつぶしました。
 カタツムリの殻は粉々に砕け、その破片の中でナメクジのようなカタツムリが必死に蠢いています。
 それを摘まみ上げ、ねとねとの体に張り付く殻の破片をひとつひとつ丁寧に取り除き、それをそのまま口の中に入れました。
 カタツムリが暴れる前に一気に奥歯で噛みました。こんなグロテスクなものに口内で暴れられたら気持ち悪くて気絶してしまうのです。
 私は顔を顰めながら、そのクニクニとした物体を噛み潰しました。そして口内に溜めた唾液と一緒に一気に飲み込んだのでした。

 私は生きるのです。こんな無惨な人たちにはなりたくありません。
だから食べるのです。カタツムリでもペパーミントグリーンのミミズでも食べ、そしてこのコンクリートの床に流れる、血と膿でドロドロになった地下水を飲んで生きるのです。
 そう決心した私は、一気に五匹のカタツムリを砕き、赤や緑や黄色のミミズを手の中でぐちゃぐちゃに潰し、そして死体の隙間に隠れている真っ黒な小蟹の甲羅を毟っては、それらを全て平らげたのでした。

 私は、この鉄柵扉の前を居場所と決めました。ここなら、ヤン達が天井の蓋を開けても見えませんし、それに食べ物も飲み水もあるのです。
 私はここで誰かが来るのを待ち続けます。そして、場合によってはその人を殺害し、ここから逃げ出すつもりでした。
 その時に備えて武器が必要です。しかし、ここには武器になるようなものは何もありません。棒のようなものでもあれば、死体に紛れていきなり飛び出し、相手の頭を叩き割ってやるのですが、しかし、そんな物がここにあるわけございません。
 どうやって戦おうかと考えあぐねていると、ふと、死体の塊の上に、尻と太ももの肉を削がれた死体が転がっているのを見つけました。
 私は三メートルの鉄格子をよじ上り、再び死体の塊に戻りました。そして、その死体の肉が削がれた部分を開いて調べてみますと、ぐじゃぐじゃに腐った肉の中に、真っ白な骨盤の骨と大腿骨が剥き出されていました。
 大腿骨は太くて硬く、そして長さも丁度でした。これなら使えそうだと思った私は、その死体の顔を覗き込みました。
 私と同い年くらいの若い女でした。左目がえぐり取られ、両耳が削ぎ落とされ、前歯は全て叩き折られていました。
 その目の大きさや小顔の骨格からして、生前はきっと綺麗な女だったろうと思います。案の定、彼女の陰部の中には、マイナスドライバーと割れたビール瓶が押し込められたままになっており、凄惨な性的暴行をされた形跡が残っていたのでした。
 そんな彼女に私は泣いて詫びました。あなたのような悲惨な被害者を失くす為に協力して下さいと、両手を合わせながら泣きました。

 そうして私は、大腿骨を取り外す作業に入りました。手袋などございませんから、素手でそのドロドロに腐った肉を取り除き、太ももを骨だけにして行きました。
 それをしている時、ふと、会社の忘年会の時の事を思い出しました。その時の忘年会の会場は、会社の裏にある『京楽園』という焼肉屋でした。韓国のお婆ちゃんとその息子さんが二人で経営している小さな店でした。
 そこで、私の真正面に座っていた部長の中川さんが『豚足』という物を注文しました。やってきた商品は、豚の足をもぎ取ったそのまんまの姿でした。それを中川さんは「うまそうだなぁ」と笑いながら両手で掴むと、足の関節をコキコキと外しだし、そのプリプリの皮や肉を、ぐちゃぐちゃと不気味な音を立てながら引き千切り始めたのでした。
 中川部長は、その分厚い皮を指で摘み、「これはコラーゲンの塊だ。肌がつやつやになるぞ」と言いながら、私のお皿にコロンっと置きました。中川部長のその指は油でギトギトに輝き、爪の隙間にまで白い肉が挟まっていたのでした。

 あの時の中川部長の嬉しそうな顔と、あのバラバラにされた豚の足の骨を思い出しながら、私は大腿骨を骨盤から外す作業に取りかかりました。
 相当難しいと思っていましたが、しかしそれは、蟹の甲羅から足を外すように、いとも簡単にカポッと外れました。
 骨盤からもぎ取ると、今度は膝の関節を外しました。指が黄色い膿でぬるぬると滑りましたが、これも骨盤と同様、簡単に外せたのでした。

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 彼女の大腿骨は四十センチくらいありました。膝の関節の上の細い所をギュッと握ると、太さも丁度良く、いい具合に手に力が入りました。
 反対側の骨盤との連結部分には、ぽっこりと骨が突き出し、人を殴るにはもってこいの形をしていました。
 しかし、形は良かったのですが、その強度に問題がありそうでした。それでおもいきり人の頭を殴れば、たった一度でポキリと折れてしまいそうな気がするのです。
 そこで私は考えました。このぽっこりと骨が突き出した部分を鋭く削れば良いのだと。
 早速私は骨を削る作業に入りました。丸い部分をコンクリートの壁で荒く削り、そして尖った先を作る時には、鉄格子で少しずつ削っては丁寧に仕上げていきました。
 作業時間は全くわかりませんが、思っていたよりも早く完成しました。
 彼女の骨は、見事な武器に生まれ変わってくれました。まるで忍者が使う鳶口のように、鋭くて力強い凶器に変身してくれたのでした。

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 そんな武器を手に入れた私は、急に力が湧いてきました。来るなら来い、と天井の穴を見上げると、その瞬間、穴の蓋がガタガタと動き出しました。
 私は慌てて死体の中に潜り込みました。そして、大腿骨を頂いた女の下からソッと天井を見上げました。
 数人の男たちが、ヤンの国の言葉で喋っていました。穴からはそれが誰なのかは見えませんでしたが、ヤンよりもずっと若い男の声のようでした。
 すると、いきなり誰かがヌッと穴から顔を出しました。長い黒髪を逆さに垂らし、凶暴な目でこちらをジッと睨んでいました。

「○○○! ○○!」

 ヤンと思われる叫び声が、ずっと奥から聞こえてきました。
 若い男達は、それに合わせて大きな返事をすると、穴から顔をヌッと出していた女が突然宙を舞い、死体の山の中に頭からズボッと突き刺さったのでした。

 それは新たなる犠牲者でした。
 男達が穴の蓋を閉め、そこから完全に去って行くのをジッと伺っていた私は、男達の気配が消えると同時に死体から抜け出ました。
 骨の武器を握りしめ、トカゲのように死体の上を這いながら山を登りました。
 そこに頭から突き刺さっていた死体の服に見覚えがありました。死体の山から頭を引き抜いて見ると、案の定その女は、ヤンの部屋にいた、あの髪の長い女でした。
 歯が全て引き抜かれていました。前歯は歯茎ごと削られ、奥歯は乱暴にえぐり取られていました。
 体を見ると、鳩尾から陰部にかけてざっくりと切られていました。恐らく、かっ捌かれた腹の中に硫酸のような物を垂らされたのでしょう、内臓は見るも無惨にぐちゃぐちゃに溶け、そしてその中にポツンとキューピー人形が押し込まれていたのでした。
 死んだばかりですので、彼女の体にはまだ体温が残っていました。傷口からは生々しい血がドクドクと溢れ、時折、頬や肩などがピクっと痙攣していました。
 この人は、私の代わりに生け贄にされたんだと、ふと思いました。
 トモダチを呼んでしまった以上、今更、女に逃げられたなどと言えなかったヤンは、この女を私の代わりに差し出したのでしょう。
 そう思いながら、私は髪の長い女の頬を撫で、「ごめんね」と呟きながらスニーカーを脱ぎました。
 そして、私は氷のように冷たくなっている素足を、女のぐちゃぐちゃになった腹の中に入れました。
 まるで足湯のようでした。それまで神経の無かった爪先がみるみると生き返り、足指が正常に動くようになってきました。
 生きて行かないと、生き延びないと、と、そう思う私は、更に腹の奥へと足を滑らせ、温かい箇所を探し求めました。そして温かい箇所がなくなると、鳩尾から首まで肉を引き裂き、剥き出された喉や胸肉と皮の隙間などに足指を潜り込ませて、その人肌の温もりに恍惚としていたのでした。

 すると、突然、鉄格子の方からガシャン! という音が響きました。その音はトンネルに反射し、いつまでもいつまでも響いております。
 私は慌てて女の体内から足を抜くと、血まみれのままの足をスニーカーに突っ込みました。
 ベタ、ベタ、と響く足音は一人らしく、こちらに向かって進んできます。私は骨の武器を握りしめ、まるでイモリが泥の中に潜り込むようにして、死体の中に滑り込みました。
 ベタ、ベタ、という足音が止まりました。南京錠を開けているのか、カチャカチャという金属音がコンクリートの部屋に響きました。
 私は死体の中にジッと身を潜めていました。そいつがここに来たらこれで頭を叩き割り、その鍵を奪って逃げよう企んでいたのでした。

 ガシャンっと鉄柵扉が開くと、そのままベタベタという足音は中に入ってきました。ピーピーピピピ〜っと口笛を吹きながら三メートルの鉄格子を昇り始めました。
 緑色のゴム手袋が見えました。鉄格子を握るその手袋が、一段、また一段と上がり、そして、ついにその男の顔が現れました。
 四十代半ばと思われる中年男でした。目は米粒のように小さく、髪はぼさぼさ、たぷたぷの二重あごで首と頬とが繋がり、まるでオオサンショウウオのような顔をしておりました。
 鉄格子をムクっと乗り上げた男はかなりの巨体でした。まるで熊のように大きく、そしてそんな男の腰には、刃渡り二十センチほどの包丁がぶら下がっていました。

 ドテッと死体の上に降り立った男は、突然「むひひひひひ」と笑いました。踏みつけた死体の顔を長靴の踵でぐちゅぐちゅと掻き回しながら、「ぷぷぷぷ」と奇声を呟き、そして、どこかの街のゆるキャラのような笑顔で「きゃはははははははっ」と笑いながら死体の目玉を長靴の踵でほじくり出していました。
 そんなオオサンショウウオのような顔をした男は、明らかに狂っていました。そして明らかに危険な異常者なのでした。

(つづく)

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