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蠢女20(怨念)

2012/12/02 Sun 00:01

20蠢女




 夜中の一時を過ぎると、そこにひょいっと正樹のおじさんがやってきました。

「遅くまでご苦労さん。みんなで食べて」

 正樹のおじさんは、そう言いながら差し入れのミスタードーナツを作業場の棚に置くと、そのままいつものように胸まである長靴を履き、そのままマンホールの中に消えて行ったのでした。

 最初のうちは、そんな正樹のおじさんの行動には見て見ぬ振りをしていました。聞いては行けない事なのかなと思っていたのです。
 と、いうのは、正樹のおじさんは、いつも夜中に一人でマンホールの中へ行き、そして朝の四時頃になると血まみれになって帰って来ます。いつもその時、正樹のおじさんは泣いているのです。ある時など、作業場の隅で泣き崩れていた事もあるのです。
 ですから私は、それについては触れないほうがいいと思っていたのですが、しかし、この日、遂に太郎左衛門がその件について私に話してくれたのでした。

 正樹のおじさんは、この会社の雇われ社長でした。この会社の中では、唯一、地上で生活をしている人でした。
 世田谷の小さなマイホームで夫婦二人で暮らしていました。奥さんは正樹のおじさんのこの仕事の事を全く知らないらしいです。
 正樹のおじさんの長女ミツ子は、今から六年前、高校の帰り道に、何者かに拉致され忽然と姿を消しました。
 ミツ子が拉致された瞬間を見ていた目撃者の多くは、犯人は黒い覆面を被った三人組だったと証言したらしいです。
 一人娘のミツ子が姿を消してからというもの、正樹のおじさんは自暴自棄になり、いつも歌舞伎町で泥酔していたらしいです。そんな時、歌舞伎町の路上で、偶然にも若い女が覆面の男たちに拉致されるシーンを正樹のおじさんは目撃してしまったのでした。
 正樹のおじさんは、その黒い覆面男たちは、娘を拉致した同一組織だと確信し、すぐに警察に相談に行きました。しかし警察はなかなか動いてくれませんでした。それだけの情報では警察はどうする事もできなかったのです。
 もう警察には頼らないと決めた正樹のおじさんは、自分でその覆面男たちの組織を暴こうとしました。会社を辞め、その退職金を使い果たし、そしてサラ金や闇金にまで手を出しながら、その組織を自力で追いました。きっとミツ子はまだ生きているという希望を胸に抱きながら………

 そうやっているうちに正樹のおじさんの借金は膨れ上がりました。そして遂に正樹のおじさんは凶暴な闇金組織に捕まり、肝臓を売って借金を払えと迫られたのです。
 正樹のおじさんは素直にそれを承知しました。もはや金ができるあてはなく、承知するしか方法が無かったのです。
 正樹のおじさんが連行されたのは、歌舞伎町の雑居ビルの地下にある下水道でした。
 屈強な男たちに腕を捕まえられながら暗くて寒いマンホールを連行されました。すると突然、小さな部屋が現れました。その部屋には近代的な医療機器が並んでいました。
 そこは臓器売買の闇市場でした。正樹のおじさんはそこで肝臓を取られ、数日間、そこのベッドに寝かされていたのでした。
 するとある時、ベッドに寝ていた正樹のおじさんは、不意にカーテンの向こうから聞こえて来た○○語に耳を疑いました。正樹のおじさんは○○語がわかるため、それが全て聞き取れたのです。
 それは、黒い覆面グループが、大久保の路上で若い女を拉致している所を警察官に撃たれたという内容でした。そして驚いた事に、その撃たれた黒い覆面の中の一人を治療して欲しいと、その男は闇医師に頼んでいるのです。
 正樹のおじさんは居ても立ってもいられなくなり、そのままカーテンから飛び出しました。そして、そこに立っていた男の前に土下座し、「グループに入れて下さい」と、○○語で頼んだのでした。

 それは正樹のおじさんの作戦でした。普通に娘を返してくれと頼んでも、彼らが素直にそれを認めるはずがありません。そこで正樹のおじさんはその組織に潜伏しようと思ったのです。娘が生きているかどうかを確認し、そして生きていれば助け出そうと考えていたのです。

 それは決死の覚悟でした。その男の顔を見てしまった以上、下手をしたらその場で殺されるかも知れません。
 正樹のおじさんはジッと正座をしながらも生きた心地がしませんでした。いつ、頭をズドンっと撃ち抜かれるかと脅えながら、正座した膝をガクガクと震わせていました。
 すると、その男は、正樹のおじさんを見下ろしながらニヤッと笑い、○○語で「わかった。おまえを組織に入れてやる」と言ったのでした。
 その時のその男こそが、ヤンだったのでした。

 組織に入れてもらった正樹のおじさんは、拉致実行犯の覆面部隊ではなく死体解体部隊へと回されました。
 この作業場に連れて来られ、ここで生活しながら運ばれて来る人肉を解体しろと命じられたのです。
 正樹のおじさんは○○人たちに混じりながら、来る日も来る日も人肉を解体し続けました。六人いる解体員の中で、日本人は正樹のおじさんと太郎左衛門だけでした。
 同じ日本人という事から正樹のおじさんと太郎左衛門はすぐに仲良くなりました。そしてある時、正樹のおじさんは、太郎左衛門に自分の作戦を打ち明けたのでした。
 太郎左衛門は、正樹のおじさんの話を涙を流しながら聞いてくれました。そして、それならこんな所で解体作業なんかしてても意味がない、と言い、倉庫の肉切り作業に移動する事を進めました。そこで娘さんの死体を探すべきだと提案したのです。

 倉庫の肉切り作業は誰もが嫌がる仕事でした。その当時は北朝鮮から密入国して来た老人が担当していたのですが、その老人もいよいよ気が狂い始めており、誰が次の肉切り作業を担当するかと揉めている時でした。
 正樹のおじさんは、直接、オーナーのチンさんに、ぜひとも私を倉庫の肉切り担当にして欲しいと頼みました。チンはそんな正樹のおじさんを気に入り、すぐに倉庫に移動させてくれました。
 しかし、もう既にその頃には、倉庫には百体以上の死体が山のように積まれていました。しかもその死体のほとんどは顔がわからないくらいにリンチされており、又、古い死体はほとんどが腐乱し、白骨化しています。この中から一人の人間を見つけ出すのは並大抵の苦労ではありません。
 それでも正樹のおじさんは諦めず、毎日毎日、死体を山から引きずり出しては娘を捜す事に執念を燃やしていたのでした……


 太郎左衛門はそこまで話すと、生温くなってしまった缶ビールを一息に飲み干しました。

「結局……」と言った後、ゲフっと大きなゲップをした太郎左衛門は、「娘はまだ見つかっていないんだ」と、淋しそうに頷きました。

「それで……今も、正樹のおじさんは娘さんを探しているんですね……」

 私はケロイドに爛れた目から涙を流しながら呟きました。

「うん。チンさんにこの会社を任され、社長になっても、あの人はまだ時々ああやって一人で倉庫に行っては、娘を探してんだ……」

 いつしか時刻は三時を過ぎていました。
 マツトシは自分の部屋に戻って寝てしまい、ヒデオは好物のフレンチクルーラーを頬張りながら作業台でうとうとしていました。
 私は、ポツンと穴が開いただけの鼻の穴から滲み出てきた鼻水を、ティッシュでサッと拭いながら「もし……」と、太郎左衛門の顔を見ました。

「娘さんの遺体が見つかったら、正樹のおじさんはどうするつもりなんですか?」

 太郎左衛門は「うん……」と低く唸ると、ゆっくりと天井の蛍光灯を見上げながら、「たぶん、ヤンを殺して自分も死ぬだろうな……」と淋しそうに呟きました。

 すると、マンホールへ抜ける鉄扉がガチャっと開きました。
 正樹のおじさんがヌッと顔を出し、私たちを見るなり「まだ働いてたの!」と驚きながら笑いました。
 そう笑う正樹のおじさんでしたが、私は、その細い目のマツゲが濡れているのを見逃しませんでした。

「どうでしたか?……」

 太郎左衛門は、正樹のおじさんに聞きました。
 正樹のおじさんは静かに首を左右に振りながら淋しそうに微笑みました。
 正樹のおじさんは、そうしながらソッと私に手を伸ばしてきました。

「ちょっと悪いけど、肉切り包丁を貸してくれるかな」

 すかさず太郎左衛門が「どうしたんですか?」と、驚きながら聞くと、正樹のおじさんは「商品の出荷だよ」と疲れた溜め息を吐きました。

「こんな時間にいきなり仏さんが落ちて来たよ。珍しい事に、仏さんは男だった」

 正樹のおじさんがそう言うと、太郎左衛門は「それならヒデオに行かせましょう」と、フレンチクルーラーを銜えたまま鼾をかいているヒデオを起こそうとしました。

「いやいや、ついでだから私が行きますよ。可哀想だからそのまま寝かせてやって下さい」

 正樹のおじさんは、眠るヒデオに優しく微笑みながら、肉切り包丁を持っていた私に、「それ、下さい」と言ったのでした。

 私は何を思ったのか、「私が行きます」とつい言ってしまいました。
 正樹のおじさんは、「まだ一週間しか経ってないのに無理だよ」と苦笑しました。

「大丈夫です」

「いやいや、仏さんは男だから重いよ。それに、ちょっと損傷が酷かったから……女のキミには少々キツ過ぎると思う……」

「大丈夫です。できます」

 私は力強くそう言いながら、持っていた肉切り包丁を腰のベルトに差しました。
 正樹のおじさんは、助けを求めるように困った顔で太郎左衛門を見ました。

「社長。いいじゃないですか。ミツ子にやらせてみましょうや」

 太郎左衛門がそう笑うと、正樹のおじさんは「ふっ」と笑いながら、「じゃあ、お願いしてみるか」と笑ったのでした。

 私は素早く腰までの長靴を履くと、臑まである緑色のエプロンを頭から被りました。
 そして、そっと冷蔵庫の前でお茶を飲んでいた正樹のおじさんに振り返ると、「社長……」と呼びました。

「なんだよ突然改まって」と、正樹のおじさんが笑いながら目を丸めると、私はそんな正樹のおじさんに「私も娘さんを一緒に探させて下さい」と言いました。

「社長には助けて頂いた恩があります。だから、私にも娘さんを探すお手伝いをさせて下さい」

 正樹のおじさんは暫く考えた後「うん」と小さく頷きました。
 そして震える声で「ありがとう」と、大きな涙をスッと頬に垂らしました。

「娘さんの写真ってありませんか?」

 私がそう言うと、正樹のおじさんは作業ズボンの太もものポケットの中から携帯を取り出し、そこに保存されていた娘の画像を見せてくれました。

 そこに映し出されたのは、セーラー服を来た女子高生でした。黒い髪を太陽の光で輝かせながら、満面の笑みでピースをしていました。
 私は、どこかで見た事のある顔だと思いました。
 そう思った瞬間、針金で掻き回された脳がズキンっと痛み、それと同時に私の頭にエレベーターの中にいたセーラー服の少女の顔がパッと浮かびました。
 確か、あの時あの少女は私に言いました。
「お父さん助けて……」っと。

「これだけ探してもいないんだからさ、やっぱり別の倉庫に回されてんのかも知れないね……」

 携帯を覗き込んでいた太郎左衛門がそう言いました。

「います」

 私は呟きました。そして正樹のおじさんの顔を見上げながら、きっぱりと言いました。

「娘さんは絶対にここにいます。間違いありません。お父さんが見つけ出してくれるのを、あの暗い倉庫で待ってるはずです!」

 正樹のおじさんは嬉しそうに頷きました。そんな正樹のおじさんの細い目からは、涙が止めどなく流れていたのでした。

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 私は一人、暗いマンホールを進みました。
 どうして私はこんな所でこんな事をしてるんだろうと自問自答しながら、ドス黒い下水をばしゃばしゃと響かせていました。
 ヘルメットのライトが、赤錆だらけの鉄格子を映し出しました。
 その鉄格子の隙間からは無数の死体が顔を出し、恨めしそうに私を見ています。
 目玉がぶら下がったOL。
 顔をバーコードのように切り刻まれた中年女。
 きっと生きているときは優しいお母さんだったのでしょう、脳天に五寸釘を打ち込まれたその若い主婦は、優しい笑顔のまま死んでおりました。
 そんな壮絶な死体を横目に、私は鉄柵扉の南京錠を開けました。
 ギャン、っと軋む扉が開くと、つい一週間前、このコンクリートの床に踞りながら絶望していた自分の姿が鮮明に蘇りました。

 鉄格子をよじ上り、死体の海に降り立ちました。
 何度見てもゾッとする光景でした。二百体以上の惨殺死体を、こうして何年間も保管しているなど、過去の世界の残虐な歴史から見ても類がないでしょう。
 そんな死体の山の頂上に、全裸の男の死体が突き刺さっているのが見えました。
 腐乱死体をぐちょぐちょと踏みながら、私は頂上を目指して進みました。
 男のペニスは根元から切断されていました。二つの睾丸はペンチのような物で潰されたのか、熟したプチトマトのようにぶちゅぶちゅになっていました。
 そんな男の右足を持ち、おもいきり引っぱると、男の体は、ぶちょ、っという音と共に抜けました。
 胸から腹にかけてざっくりと切られていました。内臓は滅茶苦茶に掻き回され、唯一、心臓だけがぶら下がっていました。
 私は、そんな血まみれの男の顔を見ながらソッと手を合わせました。そして静かに目を閉じようとした時、私の目は、カッ! と見開きました。
 その男は、被災地で私に優しくしてくれたボランティアの青年に間違いありませんでした。
 私の背筋にゾゾゾっと冷たい物が走りました。
 確か彼は『桑原』という名前でした。私が自衛隊のトラックに乗り込む時、私に名刺をくれたはずです。
 それを思い出した時、私は(しまった!)と唇を思い切り噛み締めました。
 そうです。私が着ていたジャージは、ヤンの部屋の洗濯機の中に入れたままだったのです。
 ヤンは、そのジャージのポケットの中から彼の名刺を見つけ出したのです。そして彼を誘拐し、私の情報を聞き出そうとしたのです。
 ヤンはそんな彼に自白させようと、残虐な拷問をしたのでしょうしかし、彼は何も知りません。私の名前すら知らないのです。だから彼は答えようにも答えられなかったのです。
  私の喉から「うぅぅぅぅ」っという呻き声が自然に漏れてきました。泣きながら彼の無惨な死体に抱きつき、何度も何度も「ごめんなさい」を繰り返しました。

 するとその時、いきなり天井の蓋がガチャンっと音を立てました。
 慌てて見上げると、懐中電灯の光が私の目を直撃しました。

「誰だ」

 光の向こうから聞こえて来たのは、まさしくヤンの声でした。

「ああ、あなた、正樹のとこ、新しく働いた女ね、正樹から聞いてるよ」

 ヤンはそう言いながら懐中電灯をカチッと切ると、突然、いやらしい声でひゃっひゃっと笑い出しました。

「あなた、ヒデオみたいに死体とセクスしてるのか?」

 私は焼け爛れた顔をギッとヤンに向けながら、その深海魚のように小さく潰れてしまった目で睨みました。

「ごめん、ごめん、大事な物、なかったでしょ? ほら、コレあげる、ゆっくり使ってください」

 ヤンはそう笑いながら、団子のように丸く縮まったペニスを穴の中にスッと落としました。
 それは、顔の皮を捲られた女の頬にポトっと食い込みました。
 私はそれを拾い上げると、それを握りしめたまま再びジッと天井を見上げました。

「早くヤリなさいよ。見ててあげるから」

 ヤンは丸い穴を覗き込みながらひひひひひっと笑いました。

 落ちろ……

 落ちろ……

 地獄に落ちろ……

 私がそう呟き始めると、突然、死体の山の中から真っ黒な影がざわざわと這い出してきました。
 影は、数えきれないほど出てきました。ざわざわざわざわと蠢きながら、コンクリートの壁を這い上がり、ヤンに向かってジワジワと進んで行きます。

 落とせ……

 落とせ……

 その鬼を地獄に引きずり落とせ……

 私は黒い影にそう念じながら腰の肉切り包丁をソッと握りました。

 無数の黒い影は、笑うヤンの口から次々に体内に潜り込んで行きました。
 そんなヤンの笑い声が響いていました。
 コンクリートに囲まれた倉庫に、ヤンの不敵な笑い声が響いていました。
 その笑い声は途方もなく長いマンホールへと反射し、いつまでもいつまでも続いていたのでした。

(つづく)

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