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たまねぎの皮9

2013/05/30 Thu 15:38

たまねぎの皮9



 俺はゆっくりと立ち上がると、おもむろにポケットの中から車のキーを取り出した。
「六本木のリッツ・カールトンに部屋を取ってあるからさ、あっちで東京タワーでも眺めながらゆっくり楽しもうぜ」
 そう言いながらバイト女にベンツのキーを渡すと、「裏の駐車場に白いベンツが止まってるから、先に車に乗って待っててくれ。あっ、着替えなくてもいいよ、そのまま制服でヤルから」と下品に笑った。女は無言でコクンっと頷いた。

 俺は女の姿が消えると同時に、大きなあくびをしながら厨房に向かって歩き出した。
 厨房のドアを開けると、案の定、厨房の奥に楠木の顔があった。いつもの場所に座りながら、いつものようにジャガイモの皮を剥いている。
(ホント、面倒くせぇヤツだよな……)と思いながら楠木に向かって進んで行くと、楠木は上目遣いでキッと俺を睨んだ。そこには、いつも女オーナーに見せているような服従的な態度は欠片もなく、どちらかというとケンカを売っているような態度だった。
「おいおい楠木君よぅ、こんな時間まで残業したって手当は出せないぜ」
 俺がそう笑いかけると、楠木は鼻で「ふんっ」と笑いながら作業を続けた。ふと見ると、皮を剥いているのはジャガイモではなく、今まで俺が担当していたタマネギだった。
「あらららら、またタマネギ野郎に戻っちまったのかよ」
 そう馬鹿にしながら顔を覗き込むと、楠木はキッと俺を睨みながら「あっち行けよ」と呟いた。
「楠木君ねぇ、上司に向かってそーいう言い方は良くないよ。うん。私はこれでも副社長なんだからね、一番下っ端のキミなんて、私に声を掛けてもらえるだけでも有り難いと思わなきゃ」
 そう戯けていうと、楠木も「ふんっ」と肩で笑いながら「バイトの女ばっかに手を出して、何が副社長だよ」と吐き捨てた。
「あれ? 僻んでるの? 僕がドーンっと出世しちゃったから悔しいのかな?」
 キャハハハハハと馬鹿笑いしながら、楠木が持っていたタマネギを革靴の先で蹴飛ばしてやった。楠木の手から飛んだタマネギがコンクリートの床に転がった。
 楠木はジロッと俺を睨みながら何かボソッと呟くと、床を転がるタマネギをゆっくりと拾おうとした。
「なんだよ。言いたい事があるならはっきり言えよタマネギ野郎!」
 そこに積んであったタマネギの段ボールをガボン! と蹴飛ばすと、ドサッとひっくり返った段ボールの中から銅板色したタマネギがゴロゴロと溢れ出し、楠木が拾おうとしていたタマネギと合流した。

 楠木は俺を哀れむような目で見ていた。そして「ふーっ」と小さく溜め息をつきながら床に転がるタマネギをひとつ掴むと、それを段ボールの中に転がしポツリと呟いた。

「タマネギはどこまで剥いてもタマネギだ、って言ったんだよ……」

「はぁ?……俺がタマネギだとでも言いたいのか」

「……わからん……おまえかも知れんし、俺かも知れん……」

 楠木はそう言いながら二個目のタマネギを掴むと、それを俺の顔に突き付け、俺の目をギッと睨みながら片手で鋼板色のタマネギの皮をペシャリと剥いた。

「まぁ、いずれにせよ、俺達タマネギ野郎の人生ってのは、剥いても剥いてもタマネギだっつう事よ……」

 そう呟いた楠木の左腕からピピッという音が鳴った。それは一時間ごとにピピッと知らせてくれる安っぽい腕時計で、以前、俺がまだタマネギの皮を剥いていた頃、楠木はその腕時計を俺に見せながら「この音を目安にノルマ調整すればいい」と教えてくれた。
 俺は楠木に「おまえと一緒にすんな」と呟くと、床のタマネギをひとつ蹴飛ばした。タマネギは皮をパサパサと鳴らしながらガス台の下に転がって行った。
「ほら、パチンコの景品の腕時計がピピッと鳴ってるぞ」と笑う俺はそのまま裏口へと進んだ。そしてガス台の下に転がって行ったタマネギをジッと見つめていた楠木に、「早くノルマ達成しないと朝になっちまうぞタマネギ野郎」と捨て台詞を残し厨房を出て行ったのだった。

 東京タワーの見えるホテルの豪華な部屋でバイト女を滅茶苦茶にしてやった。
 俺はイライラしていた。俺の人生はタマネギなんかじゃねぇ! と頭の中で叫びながらバイト女の制服を引きちぎってやった。そして、もう二度とあんな生活に戻ってたまるか! と叫びながら床に押さえ込むと、冷蔵庫の上に置いてあった洋酒のミニボトルを二本同時にアソコにぶち込んでやった。
 バイト女は泣き叫んでいた。そんな女の髪を鷲掴みし、無理矢理ペニスを銜えさせては、「てめぇもタマネギだ!」と怒鳴ると、バイト女の喉の奥深くまでペニスを押し込んでやった。
 ヌルヌルの喉に激しいピストンをしていると、俺の陰毛に顔を埋めていた女の顔がみるみる茹で蛸のように赤くなり始め、アゴがガクガクと痙攣し始めた。その瞬間を見計らっていた俺はいきなりペニスを抜いてやった。
 バイト女は丸い口を開けたまま天井を見上げ、まるで配水管に詰まっていたゴミが抜けたかのように喉をゴボッと鳴らした。そしてそのままガクンっと項垂れると、いきなりパスタと赤いパプリカの混じった黄色いゲロをバババッと吐き出した。
 それと同時に俺も射精した。丸く開いた口から大量の涎をエイリアンのようにネトーッと垂らしている女の髪を掴み、ゲロにまみれた顔を再び天井に向けさせると、その可愛い顔に真っ白な精液を幾度も幾度も噴射してやったのだった。

 それでもイライラが治まらなかった俺は、車のトランクに積んであったボストンバッグの中から荒縄を取り出し、それでバイト女の体を縛った。日本手ぬぐいを口に噛まし、店のテーブルクロスで目隠しをされた女は、股をM字に開かされたまま恐怖のあまりに「ウーウー」と唸っていた。

 そんな悲惨な姿でガンガンと犯されるバイト女を携帯で録画してやった。
「助けて下さい、お金を返しますから許して下さい」と、泣きながら犯されるバイト女の姿を録画しながら、「いくらフランスなんかに留学したってよ、所詮タマネギはタマネギの人生しか歩めねぇんだよ」と、せせら笑い、そして、「フランスなんかやめて俺の女になれ。毎日遊んで暮らせるようにしてやるから留学なんかやめちまえ」と言いながら女の肛門にイチジク浣腸を三個注入してやった。

 暫くの間、女はM字に固定された太ももをブルブルと震わせながら耐えていたが、しかし突然「ごめんなさい!」と絶叫すると、大量の下痢糞を噴射した。
 真っ白な女の尻から噴き出た下痢糞は、ガキの頃に喰った昭和のカレーのように黄色く、ダブルベッドの白いシーツに前衛的なアートを描いた。
 その一部始終を俺は携帯で録画していた。そして羞恥心に駆られながらヒクヒクと泣いている女にその動画を見せつけ、「いいか。フランス留学は諦めて俺の女になれ。じゃねぇとこの動画をネットにばらまくぞ」と脅してやったのだった。

 その二日後、再び俺は六本木ヒルズのカフェにバイト女を呼び出した。以前から女オーナーが六本木ヒルズにセカンドハウスを持っていた事を知っていた俺は、その部屋をバイト女の調教小屋にしようと企み、その日、女オーナーを脅して鍵を奪い取って来ていたのだった。
  
 しかし、どれだけ待ってもバイト女はやって来なかった。俺は二杯目のアイスコーヒーをズズズッと啜りながらバイト女の携帯に何度も電話をしていたが、コールはするもののバイト女は一向に電話に出ようとはしなかった。
 俺は、逃げやがったな、とイライラしながら、さっそくバイト女にメールを送ってやった。『おまえにフランスは似合わない。おまえにはゲロと糞がお似合いだ』という妙に長いタイトルで作成されたメールには、『もし、俺を裏切ればこの動画をネットにバラまくから覚悟しろ。ネットだから当然フランスでもこの動画が見れる事を忘れるなよ』というコメントと共に、その動画の一部を添付してやった。

 メール送信してわずか三分後、俺の携帯が鳴り響いた。慌てて携帯を見ると、案の上バイト女からの着信だった。ふん、ビビってんじゃねぇぞバカ女が、と鼻で笑いながら携帯に出た俺は、開口一番、「おまえさぁ、あんまりこの俺様を舐めてると、ホント、酷い目に遭うぜ」と、足立区のチンピラのようにアゴをしゃくって言うと、その瞬間、突然背後から「おい」と言う野太い声が聞こえた。

 俺は携帯を耳に当てたままサッと後ろに振り向いた。
 その男達は、明らかに俺を睨んでいた。動物に例えると、熊、虎、猪、といった部類の獰猛な顔つきの男達ばかりだった。
 それまで椅子にふんぞり返っていた俺は、「えっ?」と目を丸めながら反射的に姿勢を正した。
「動くな!」
 熊のような男が俺の携帯を指差しながら凄まじい怒鳴り声を上げた。それを合図に虎や猪達が俺に襲い掛かり、一瞬のうちに携帯を取り上げてしまった。
 唖然としている俺の目の前で、猪男が俺の携帯に向かって「マルヒの携帯、確保しました!」と叫んだ。その言葉を聞いた瞬間、マルヒというのは『㊙』という意味でなく『マル被』なのだと説明していた『警察24時』のモノマネをする柳沢慎吾を思い出した俺は、この獰猛な男達が刑事だという事に気づいたのだった。

 熊のような刑事が猪男から俺の携帯を奪い取った。熊刑事は携帯を俺に突き付けながら「裁判所からこの携帯の差し押さえ令状が出てるからよ」と笑い、それをジップロックのビニール袋の中にポトンっと落とした。
 そして熊男はその笑顔を崩さないまま、「ついでにおまえのキップも出てるから」と、部下らしき男にアゴで指示をした。まるで檻の中で怒り狂う虎のような顔をした若い刑事が、俺の顔面に白い書類をバッと開いた。そのパサパサとした白い書類の上には、ワープロの明朝体で『逮捕状』と記されていたのだった。


              ※


 強姦。それが俺の罪名だった。その言葉の一言には暴行も脅迫も全て含まれているらしく、熊のような取調官は、「強姦はよ、強盗、放火、殺人と並ぶ、重罪四天王だからよ」と、満足そうに笑っていた。

 もはや逃げ道はなかった。携帯に保存していたバイト女の動画が押収されてしまった以上、事実を認めざる得なかった。
 本格的な取り調べが始まり、俺は素直に罪を認めた。約二週間、埃臭い取調室で熊のような刑事と向き合いながらシコシコと調書を作成した。まるで素人作家の稚拙な長編小説のような分厚い調書が出来上がると、熊刑事は自分の右肩をドンドンと叩きながら言った。

「こりゃあ稀に見る悪質事件だからよぉ、最低でも五年は覚悟しといた方が良さそうだべ……」

 しかし、翌日になると熊刑事はその言葉をいとも簡単に撤回した。

「またまた出ました再逮捕でーす」

 朝早くからそう戯ける熊刑事が示して来た白い書類には、やはりいつものワープロの明朝体で『逮捕状』と記されていた。
 しかし、前回とは違い、その書類の罪名欄は小さな文字がズラリと並んでいた。
『強姦』、『恐喝』、『逮捕監禁』、『脅迫』、『傷害』、『詐欺』。
 それらの事件を訴えていたのは、女オーナーと優希ちゃん、そして、不当に役員を変更させられた会社だった。

「昨日は五年って言ってたけどよ、ごめん、ありゃ撤回するわ。こりゃあ稀に見る凶悪事件だからよぉ、最低でも十年は覚悟しといた方が良さそうだべ」

 熊刑事は嬉しそうにそう笑いながら、「ま、あんたとは長い付き合いになりそうだからよ、これからもよろしゅう頼むぜ副社長さんよ」と戯けてお辞儀したのだった。

 翌日の取り調べから、俺の調書の職業欄からは『会社役員』という言葉は消え、代わりに『無職』と書かれるようになった。会社の重役達は俺の役員就任は不当だったと訴えており、もはや俺に副社長の肩書きはない。
 取り調べを続けて行くうちに、なぜ女オーナーや優希ちゃんが俺を訴えたのかその理由がわかった。それは、あのバイト女の強姦事件で俺のパソコン三台が押収され、その中から女オーナーや優希ちゃんの例の画像が発見されたかららしい。
 刑事がその画像を二人に示し、「もしかしたらあなた達も被害者なのではないですか?」と問い詰めると、突然優希ちゃんが「わっ」と泣き出し、女オーナーが無言でコクリと頷いたと、熊刑事から聞かされた。
 それを聞いた俺は、そんな二人が夜な夜な俺のペニスでヨガっていた姿をふと思い出し、怒りを感じると共に妙な淋しさを感じたのだった。

 数日後、面会にやってきた弁護士に「俺は十年喰らうのか?」と尋ねると、茹でナマズのような顔をした弁護士は分厚いアクリル板の向こうで濁り目をジロッと俺に向け、「下手したら無期ですよ」と呟いた。

「む、無期って、もう一生刑務所から出れないっつぅ事か!」

 思わず叫んだ俺は、両手の平でアクリル板をバン! と叩いた。

「いや、無期と言っても仮釈が貰えますから一生という事はないでしょう……と言っても、まぁ、最近は無期刑の仮釈も厳しくなってると言いますから、最低二十年は無理だと思いますがね……」

「に、二十年って……人を殺してなくてもそんなに行くのかよ!」

 俺がそう叫ぶと、弁護士は唇をへの字に曲げながら「ふーっ……」と大きく溜め息をつき、その濁り目でジロリと俺を睨みながらこう言った。

「まぁ、無期なんて事はまずないとは思いますが、あなたの犯した罪は計画的且つ悪質極まりない事件です。これはむしろ殺人よりも罪が重いと私は思いますよ……」

 唯一、俺の味方だった弁護士にそう言われた瞬間、再び、俺の脳裏にヨガる二人の姿が浮かんだ。

 いつの事だったか、二人は興奮するあまり俺のペニスの取り合いとなり醜い罵り合いを始めた事があった。そんな時も俺は二人を宥め、二人仲良くしゃぶればいいだろうと二人の顔を股間に挟んでは公平にそれを与えてやった。

 またある時は、散々精液を搾り取られた俺がヘトヘトになってベッドに潜り込むと、三十分も経たないうちに二人に叩き起こされた俺は、突然生理が始まったという優希ちゃんの生臭いマンコを強引に舐めさせられ、挙げ句には女オーナーに萎れたペニスを激しくシゴかれては無理矢理勃起させられた事もあった。

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 あんなに二人を喜ばせてやったのに……殺人よりも罪が思いというのか……
 
 俺は愕然としながら錆びたパイプ椅子をスッと立ち上がった。茹でナマズのような弁護士が、濁った目玉だけを上に向け、立ち上がった俺の目をジッと見つめていた。
 
「なんだかとっても眠いので……ブタ箱に戻ります……」

 天井の角にぶら下がっている埃だらけの蜘蛛の巣の糸をぼんやり見上げながら、俺は看守を呼ぶ為のインターホンのボタンを押した。
 プルルルルルっという呼び出し音の後、「はい」という野太い看守の声が聞こえた。
「面会終わりました……」
 気の抜けた声でそう言うと、再び看守の「はい」という野太い声がコンクリートに囲まれた面会室に響いた。
 すると弁護士が、慌てて「では最後に一つ」と言いながら、スーツの内ポケットの中から黒い手帳を取り出しながら立ち上がった。
「昨日、会社側があなたの三菱UFJ銀行の通帳を差し押さえましてね……」と言いながら、弁護士はペシャリペシャリと手帳を捲った。そして、手帳の真ん中辺りで手を止めると、そのページを濁り目でジッと覗き込みながら「えーっと……総額一千二百八十三万円が差し押さえられました」と、まるで集金に来た乾物屋の親父のような口調で言った。

「……………………」

「でね、お聞きしたいのは、今後の私の弁護料というのはどちらに請求すればいいのかと言う事なんです……御実家の方に相談すればいいのかな?」

 一瞬、怒り狂う親父の顔と泣き崩れるお袋の顔が浮かんだ。
 親父はあれだけ好きだった煙草を値上がりと同時に買わなくなり、毎日駅のホームの喫煙所から他人のシケモクを拾って来てはそれを吸っているというケチだった。お袋も、妹が中学に入学する際、近所に住んでいたお姉ちゃんからボロボロになった制服を貰って来て、それを妹に三年間着させ続けさせたほどのドケチだった。
 そんな親父とお袋が、俺の弁護料など天地がひっくり返っても払うわけがなかった。

「結構です……」

 そう答えると、顔を斜めに傾けた弁護士は「御実家に相談にいってくれという事ですね?」と、嬉しそうに俺の顔を覗き込みながら、その白くむくんだブヨブヨの頬をブルドッグのように歪めた。

「いえ……お金がありませんから、もう弁護してもらわなくても結構ですという事です……」

 そう告げた瞬間、後ろからドアの鍵をガチャガチャと開ける音が響き、小さく開いたドアの隙間から制服を着た看守がヌッと顔を出した。

「もう終わり? まだ三分も経ってないけど……」

 若い看守は、そう不思議そうに首を傾げながら聞いた。
 俺は自らそのドアを開くと、「あかん、あの弁護士、頭狂っとる」と吐き捨て、そのまま勝手にブタ箱への通路を進んだのだった。


 小さなブタ箱がずらりと一列に並んだ留置場には、まるで家畜小屋のような匂いがムンムンと籠っていた。
 コソ泥とひき逃げと痴漢がいる雑居房を通り過ぎ、債権者の肝臓を闇医者に売ったというヤクザの独居房を素通りし、そして同棲していたフィリピンホステスをコタツのコードで首を絞めて殺した七十の爺さんの房を通り過ぎると、その隣りに俺の檻があった。
 青いゴム草履を房の前で綺麗に並べ、「入ります」と一声掛けて緑のビニール畳に上がると、背後でガシャン! と鉄扉が閉まる音が響いた。
 三畳半の真ん中にどすんと胡座をかいた俺は、妙に高いコンクリートの天井を見上げながら大きく背伸びをすると、そのままゴロリと横になり「何もかも失った……」と呟いた。。
 白いペンキが塗られた壁には、四代目山口組とか南千住極悪といった一昔前の物騒な落書きと共に、『ハヤク、オウチニ、カエリタイ』という気弱な落書きがウヨウヨと書かれていた。
 そんな落書きだらけの壁をぼんやりと眺めていると、看守台に置いてあるラジオから妙に古臭い歌謡曲が流れていた。その歌のタイトルは忘れたが口ずさむ事が出来た。

 黒いアディダスのジャージの上着をパサパサと脱いだ。
 このジャージは俺が逮捕された翌日に優希ちゃんが差し入れてくれた物だった。差し入れされてからの数日間は、ジャージに優希ちゃんの甘い香水の香りがほんのりと漂っており、いつも優希ちゃんに抱かれているような感じがした。しかし半月も着たままだと既に娑婆の匂いは微塵も感じられず、今では新宿大ガード下で寝ている乞食のような据えたニオイが漂っていた。

 黒いジャージを脱いだ俺は、ジャージのファスナーにぶら下がっている金属製の『YKK』を摘んだ。そしてその先を白い壁にあてると、そのままガリガリとコンクリートを削って落書きを始めた。

 白い粉がビニール畳にパラパラと落ちた。
 俺は一心不乱にガリガリと殴り書きした。
 ラジオから流れる古臭い曲が三曲過ぎた頃、ようやく俺の落書きは完成した。

『剥いても剥いてもタマネギだらけ』

 そんな俺の落書きは、高い天井から照らされる蛍光灯の明かりを受け、一番輝いていた。
 その落書きを眺めながら、俺のタマネギ人生はまだまだ長いなぁ……とそう無理矢理微笑んだ瞬間、ふと、さっきラジオから流れていた古臭い歌謡曲のサビが頭に蘇り、その曲が一風堂の「すみれ September Love」だった事を思い出すと、なぜか無性に嬉しくなった。

(たまねぎの皮・完)



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