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うなぎの穴(1)

2013/05/30 Thu 17:40

うなぎの穴・1




 昭和五十年。『およげ!たいやきくん』が大ヒットしていた頃、高校の通学路沿いにある大和田川の河川敷の雑草の中に、今にも潰れそうな掘っ建て小屋がポツンっと建っていた。
 小屋の屋根には、赤錆でボロボロになった白いトタン看板が立て掛けてあり、『貸しボート』と赤いペンキで大きく殴り書きされていたが、しかしそこは、既に随分と前から廃屋と化していた。

 その頃僕は、そこから数キロ離れた吉栄高校に通っていた。通学時、いつもその小屋を土手の上から見ていた。
 その小屋には、二年ほど前から奇妙な夫婦が住み着いていた。
 ガリガリに痩せた男は老人で、既に七十を越えているようだった。しかし女はまだ若く、恐らく三十代前半だろうと思われた。
 二人は随分と年の差があったが、しかし二人が親子ではないのは確かだった。

 どうしてそう言いきれるのかと言うと、僕は二人がセックスしている所をはっきりと見たからだった。あの日、部活の朝練に向かっていた僕は、雑草の中で不気味に蠢く全裸の二人を目撃したのである。
 だから僕は、二人は親子ではないと確信していた。クラスのみんなや担任の先生は、二人の事を『乞食親子』と呼び、二人を完全に親子だと思い込んでいたが、しかし僕だけは違った。二人が夫婦だという事を知っていたのは、あの獣のような凄まじいセックスをこの目ではっきりと目撃した僕だけだった。

 そんな二人の生々しいセックスが頭から離れなくなっていた。
 あのドロドロとした薄汚いセックスを思い出しては、何度もオナニーをしてしまった。
 もう一度見たくて気が狂いそうだった。雑草の中で蠢く二人を近くで見たくて堪らなかった。
 だから僕は、その日から毎朝六時に家を出て、土手の雑草の中に潜みながら二人が出て来るのを待っていたのだった。
 おかげであちこち蚊に刺された。見た事もないような巨大な蛇に出会したり、いきなり現れるドブネズミの大群に驚かされたり、そして犬のウンコを何度も踏んづけた。
 しかし、セックスを見る事はできなかった。セックスどころか二人の姿すら見る事はなかった。

 痺れを切らした僕は、ある時、危険だと思いながらも小屋に近づいた。ボロボロの板壁には所々隙間ができており、小屋の中を覗くのは簡単そうだったからだ。
 正面の入口扉には、『釣り餌あり〼』と書かれたトタン看板が、当時のまま打ち付けられていた。扉の横にはペンキがボロボロに剝げた『リボンシトロン』の木製ベンチが放置され、そのすぐ後ろの壁には、『おでん一皿・百八十円』や、『氷りイチゴ・五十円』と書かれたアクリル板のメニューが貼付けてあった。
 さすがに正面入口から堂々と覗くのはマズいと思った。この辺りには、朝早くから犬の散歩をしている人が多いため、その人達にノゾキをしているのがバレる恐れがあるのだ。

 正面を避けた僕は、背丈ほどある雑草を掻き分け、恐る恐る小屋の右側を覗いてみた。
 すぐ足下にまで川が迫っていた。苔の生えた石が積み重ねられ、そこに柔らかい水波が当たってはポチャポチャと音を立てていた。
 危うく落ちる所だったとゾッとしながら川に目をやると、小屋のすぐ横に一艇のボートがゆらゆらと浮かんでいるのが見えた。
 そのボートの横には『⑪番』と番号が書かれていた。それが当時の貸しボートだという事がわかったが、しかしそれは、まるで『男はつらいよ』のオープニングに出てくる渡し船のようにボロボロだった。

 小屋の裏手は完全に川だったため、唯一陸地である左側の藪の中に潜り込む事にした。
 背丈ほどある雑草の中には、かろうじて猫一匹が通れるくらいの道が小屋に沿って出来ていた。しかし弛んだ地面はぐちゃぐちゃで、スニーカーの底が泥だらけになってしまった。
 そんな小道を屈みながら進んだ。藪の中には洗濯機やテレビといった廃棄物がゴロゴロと転がり、糞尿らしき嫌な匂いが漂っていた。
 小道の一番奥まで行き、そこで足を止めた。それ以上は水が迫っているため進めなかった。
 泥だらけの地面にしゃがんだ。いきなり赤い足をした巨大なムカデが小屋の縁の下から這い出してきたが、しかし僕の気配に気付いたのか慌てて藪の中に逃げていった。
 目の前に迫る壁に目を凝らし、板の隙間を探した。すぐに手頃な隙間を発見したが、しかしそこには赤いペンキで鳥居が描かれ、『立ちション禁止』と書いてあったため、そこを覗く気には慣れなかった。
 壁の上の方には、『ボンカレー』と『オロナミンC』といったトタン看板がベタベタと貼ってあった。今で言うホーロー看板と呼ばれる看板だ。
 そんな『オロナミンC』の看板の裏に、板の隙間がスーっと走っているのを発見した。
 息を殺した僕は、その看板の下で中腰になり、壁に両手を付きながら恐る恐る隙間を覗いた。

 薄暗い小屋の中には、東側の壁の隙間から注ぎ込む朝日が光線ビームのようにいくつもの光の線を作り、その光の線に照らされた埃がキラキラと輝いていた。
 玄関に広い土間が見えた。古びた自転車とリヤカーが置かれ、その背後にはぺしゃんこに潰れた段ボールが大量に積み重ねられていた。
 土間の奥には六帖ほどの小上がりがあった。畳がボロボロになった座敷の上では、綿がはみ出てボロボロになった布団に包まるボロボロの夫婦が寝ているのが見えた。
 シーンッと静まり返った小屋の中には、男の鼻鼾と女の寝息が交互に響いていた。部屋が乾燥しているせいか、女の寝息には、ピー……ピー……と、乾いた鼻糞が音色を立てている。
 倉庫のようなただのボロ小屋なのに、そこには生活感が溢れていた。まるで二人は、もう随分と前からここに住み着いているかのように、そこにあるもの全てが定着していた。
 板を見渡しながら静かに移動した。川沿いギリギリまで行くと、二人が寝ている座敷の真横に隙間を発見した。
 そこを覗くと、すぐ目の前に二人の寝顔が見えた。男は、いかにも内臓が悪るそうなドス黒い寝顔をしていた。女は、パンダの死体のようなマヌケな寝顔で、半開きの唇から涎をタラタラ輝かせていた。
 不意に隙間の向こうから饐えた寝床の匂いが漂って来た。それは原始的な人間臭であり、雨の日の犬小屋の匂いによく似ていた。
 そんな悪臭に胸焼けしながら、隙間から顔を離した。ふと、どうして僕はこんな事をしてるんだろうと思うと、頭上で笑っている『オロナミンC』の大村崑のずれたメガネが無性にムカついた。

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 小屋の中の現実を見た日から、今まで僕の中でムラムラと涌き上がっていた何かが音もなく消えた。それは暗闇の中でメラメラと燃えていた蝋燭が、フッと一瞬で消されたような、そんな呆気なさだった。
 あの日以来、朝靄の中で蠢く全裸の二人を全く思い出さなくなった。だから日課のオナニーのネタは、妄想から平凡パンチのグラビアへと移り、乞食のセックスからアグネス・ラムの大きな胸へと変わったのだった。

 しかし、やっと正常な高校生らしい性欲に戻ったと思っていた矢先、またしても僕は異常な性欲に心を揺るがされるショッキングなシーンに出会した。
 それは、ジメジメする梅雨がそろそろ明けようとしていた一学期の終わり頃の事だった。
 その日の朝も、僕はいつものように部活の朝練に遅刻しないよう大和田川の土手を走っていた。
 すると、土手の下の例の小屋から、パンダ顔の中年女がノソノソと出て来るのが見えた。
 おもわず僕は走る速度を弱めた。なぜなら、中年女が着ているTシャツの、胸のスマイルマークがタプタプと卑猥に揺れていたからだ。
 不意に、あの朝靄の中で見た、ゆっさゆっさと揺れる中年女の大きな乳肉を思い出した。亀頭にいきなりズキンっと衝撃が走り、ムラムラと涌き上がる異常性欲が脳をクラクラさせた。
 ゆっくりと歩きながら女を目で追った。女は大きなあくびをしながら、以前僕が忍び込んだ小屋の北側の藪の中に入っていった。
 慌てて辺りを見回した。朝靄に包まれた土手には誰もいなかった。僕は迷う事なく土手を駆け下り、まるで野うさぎのように身を屈めながら北側の藪の中に潜り込んだ。
 幸い、昨夜の雨で雑草が湿っており、バサバサと乾いた音はほとんどしなかった。地面の土も湿っていたため、足音は全く鳴らなかった。
 息を殺しながら進んで行くと、背丈ほどある雑草の隙間から、丸くて白い物体が浮かんでいるのが見えた。
 僕は慌てて地面に伏せた。その丸くて白い物体が、剥き出した生尻だとわかった瞬間、無意識のうちに湿った地面に伏せた。
 とぽとぽとぽとぽ……っという小気味良い音が、朝靄煙る土手に響いていた。
 尻を丸出しにしてしゃがんでいた女は、弛んだ土に水溜りを作りながら放尿していたのだった。

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 ツルンっと剥き出された尻を見つめながら、僕はまるでバッタに忍び寄るトカゲのように地面を這っていた。
 いつも彼らはこの通路をトイレ代わりに使っていたのかと思うと、辺りに漂う糞尿の匂いが余計鼻に突いた。そして、この湿った地面には彼らの長年の糞尿が染み込んでいるのだと思うと、地面に這っている腹が無性に痒くなって来た。

 放尿の音がみるみる近づいて来た。尻との距離が三メートルくらいまで狭まった時、さすがにこれ以上近づくのはマズいと思い、静かにそこに身を潜めた。
 僕は、なんとかその部分が見れないものかと、湿った地面に必死に横顔を押し付けた。
 丸い尻肉の裏に微かに肛門が見えた。赤黒い肛門は、まるで球根の先のようにプクっと膨らんでいた。
 もう少し近づけば小便が出ている部分が見えると思った僕は、地面に体をピタリと貼付けたまま、膝と肘だけでジワリジワリと進んだ。
 地面に押し付けていた横顔に雑草が擦れ、勃起していたペニスが弛んだ土を抉った。ふと気が付くと、女の陰部が匂ってきそうなくらいに近づいてしまっていたのだった。

 それでも女は僕の存在に全く気付かず、のんびりと放尿を続けていた。
 もはや尻の真裏は丸見えだった。キクラゲのような真っ黒なビラビラが重なるようにして垂れており、その隙間から黄金色の小便が噴き出し、シュュュュュっと蛇が威嚇するような音が聞こえた。
 もちろん、女の陰部を見るのはこれが初めてだった。それは、まさに鶴亀公園の公衆便所に描かれている落書きのように卑猥で、そして吐き気がするほどにグロテスクだった。
 針金のような陰毛が、肛門からワレメの先へとウヨウヨと繋がっていた。そこに小便が広がり、キクラゲのようなビラビラを伝って地面にポタポタと雫を垂らしていた。
 そんな醜い陰部を見つめながら、僕は勃起しているペニスを弛んだ土に押し付けた。
 乞食女のそれは、気持ち悪くてグロテスクで、目も背けたくなるような汚い陰部だったが、しかしそれは、平凡パンチの、あの健康的なアグネス・ラムの水着のグラビアでは決して得られない異様な変態性欲を涌き上がらせ、思春期の僕の脳と亀頭をジクジクと疼かせたのだった。

うなぎ平凡パンチ

 そんなノゾキをしたその晩から、僕のオナニーのネタは再びあの乞食女になった。
 あの糞尿漂う藪の中、しゃがんだ乞食女に騎乗位で犯されるという猟奇的な妄想を描きながら、夜な夜な腹の上に白い精液を飛ばしていた。
 不思議なもので、ペニスをシコシコとシゴいている最中は、乞食女の汚れた肛門やワレメを舐めまくり、小便を顔にぶっかけられたいとさえ思うのだが、しかし射精してしまうと、その直後から凄まじい吐き気に襲われた。
 乞食女の、堕落したパンダのような顔を思い出すだけでイライラした。
 腹の精液を拭き取ったティッシュを乱暴に丸め、「ばかやろう!」と怒鳴りながらそれを屑篭の中に投げつけ、二度とあんな女でオナニーするもんか! と自分を責めた。
 これほど激しい嫌悪感は、アグネス・ラムでオナニーした後には全く起きなかった。B組の吉原恭子を想像してオナニーした後も、ウィークエンダーの再現フィルムを見てオナニーした後も全く感じなかった。これは、あの乞食女と卑猥で不潔で生臭いセックスを想像してオナニーした後にだけ襲い掛かってくるという、不思議な嫌悪感だった。
 しかし、そんな嫌悪感は長くは続かなかった。せいぜい三十分から一時間、凹まされるだけだった。
 だから僕は、再び、しゃがんだ乞食女の股に顔を埋め、その生ゴミのような匂いが漂う膣を犬のようにペロペロと舐める自分を想像した。そして、放尿中の乞食女のしゃがんだ尻にペニスを突き刺し、パンパンと尻肉を鳴らしながらドクドクと中出しする妄想に身悶えた。
 そんな淫らな妄想を描きながら夜な夜なオナニーに耽っていた僕は、多い時には一晩に三回も射精していた。

 まるで黒い魔物に取り憑かれたようだった。
 高揚感と嫌悪感を繰り返しながらオナニーに耽る僕はまさに狂っており、乞食女との臭く汚く猟奇的なセックスが、一日中、頭の中で渦を巻いていた。

 そんな僕は、まさか近い将来それが現実になるとは、その時はまだ夢にも思っていなかったのだった。

(つづく)

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