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堕落のアッコちゃん(5)

2013/05/30 Thu 17:30

●5アッコちゃんタイトル



 携帯のバイブで衝撃を受けた日から、それまで完璧だった明子の脳回路が微妙に狂った。それは、学力が低下したり性格が破綻したというわけではなく、とにかくひたすら何に対しても無気力になってしまったという感じだった。
 それでも根が真面目な明子はなんとか学校には通っていた。友達や先生の前では無理に笑顔を作り、その無気力感を必死に隠し通していた。そうやってみんなを騙す事はできたが、しかし、松崎だけは違った。松崎だけは明子の変化に気付いているらしく、明子が時折垣間見せる無気力な表情を、遠くから心配そうに見つめていたのだった。

 学校から帰ると、それまでの緊張感が一気に抜けた。凄まじい脱力感が明子を襲い、部屋に入るなりベッドにバタンと倒れ込んだ。
(塾に行かなくちゃ……)
 そう思いながらも全く動きはしなかった。このまま泥沼に沈むようにベッドの中に吸い込まれていきたいと思いながら、秒刻みの時計の針をボーっと眺めていた。
 そうやって廃人のようにいつまでもベッドに沈んでいた明子は、結局塾を休んだ。夕食も入浴もしないまま、夜中まで時計の針を見つめていたが、しかし午前三時を過ぎるといきなりムクリと起き上がり、そのまま夢遊病者のように部屋を出たのだった。

 ダメよ、ダメよ、と自分に言い聞かせながら階段を下りた。
 電気の消えたキッチンで冷蔵庫を開けた。そこからマル栄スーパーのパックに入った『茹で蛸』を取り出した
 パックをパリリっと捲り、その中から『足』の切り身を一本抜き取り、それを部屋に持ち込んだ。
 こんな事をしてると本当に狂ってしまうと泣いた。しかし泣きながらもそれを膣に挿入し、夜が明けるまでオナニーに耽った。もはや明子は本当に狂ってしまっていたのだった。

アッコちゃん9

 朝の四時半までオナニーをしていた明子だったが、しかし、六時になると目を覚まし、いつものように朝のシャワーを浴びた。
 まるで魂の抜け殻のようにボーっとしながら朝食が並ぶダイニングテーブルに座った。トーストをポツポツと指先で千切りながら、まるでうさぎに餌をやるようにしてそれを口に運んだ。
 そんな明子を恐る恐る見ながらも良枝は黙っていた。
 三日前、突然様子がおかしくなった明子を心配し、良枝は昌史に相談していた。しかし昌史は良枝の話を聞き一笑した。

「当然だよ義姉さん、受験生なんてみんなおかしいよ。ましてアッコは東大を目指してるんだぜ、おかしくなって当然さ。それが普通だよ。ま、今はソッとしておいてやるのが一番だね」

 そう笑い飛ばす昌史に、少なからずも安堵を覚えた良枝だったが、しかし、今朝、冷蔵庫を開けて茹で蛸がなくなっている事に気付き愕然とした。夜中に茹で蛸を部屋に持ち込んで食べるなど、今までの明子からは考えられないのだ。
 そして、ここ最近、毎晩聞こえて来る啜り泣きに良枝は胸を締め付けられていた。昨夜も、二階から聞こえて来る明子の啜り泣きを良枝は明け方まで聞いていた。
 深夜に茹で蛸を齧りながら啜り泣く娘。そんな明子の精神状態は尋常ではないと焦るが、しかし良枝は、「今はソッとしておいてやるのが一番だね」という昌史の言葉を信じ、ただひたすらに不安の中で耐えていたのだった。

 そんな良枝の不安を明子は気付いていた。数日前までは、良枝に心配させないようにしようと必死に自分を取り繕っていたが、しかしここ最近はそれさえも面倒臭くなり、オナニーに使用した蛸やきゅうりを部屋に置きっぱなしにしているのと同様、母親に対しても無気力な自分を曝け出していた。
 そのうち学校でもこんな姿を晒すようになるのではないかと明子は人知れず脅えていたが、しかし、この無気力感と脱力感はどうする事もできなかった。その原因が自慰行為から誘発されるウツ症状だという事は十分承知していたが、しかしそれでも明子はオナニーをやめられなかった。

 それは、今まで制圧されていた性欲が堰を切ったように溢れ出している感じだった。明子はこの歳になるまで性的な快感を知らなかった。セックスや異性など全く興味はなく、明子の神経回路はそれ系を一切排除していた。
 しかし、思春期の性欲はそう簡単に排除できるものではなかった。特に明子の場合、東大合格を目標にしていたため、様々な欲望を犠牲にしなければならず、それが溜まり溜まって、遂に抑制の壁を決壊してしまったのだ。つまり、松崎や昌史の刺激によって今まで抑制されていた欲望に拍車が掛けられ、明子の公序良俗的な神経回路は、まるで砂でできたお城が波に飲まれるかのように脆くも崩れてしまったのだった。

 そのムラムラと涌き上がる奇妙なストレスは、どれだけテニスで汗を流そうと、おもいきりカラオケで熱唱しようとも、何をやっても発散できなかった。
 唯一、その魔物のようなムラムラを解消してくれるのはオナニーだけだった。
 が、しかし、オナニーは危険だった。少なからずもその最中とアクメに達する瞬間だけは魔物を退治する事ができたが、しかしその後に襲い掛かって来る嫌悪感は半端ではなく、それに乗じた魔物は更に巨大化し、黒い渦となって明子を飲み込むのだった。
 その黒い渦から抜け出すには再びオナニーをするしかなかった。だから明子はオナニーを続けなければならず、その度に魔物の黒い渦は大きくなっていくのであった。

 頭脳明晰で冷静沈着な明子も、このおどろおどろしい黒い渦から抜け出す事はできなかった。
 脳ではわかっていた。東大受験を目前にして、これではいけないと脳ではわかっているのだが、しかし肉体はそんな脳からの危険信号を無視し続けた。
 明子の肩には、常に脱力感と無気力感が黒い影となって伸し掛かっていた。歩くのも億劫だった。このままベッドに潜り込み泥のように眠りたかった。しかし、明子は気力を振り絞って学校へと向かった。不安そうな良枝の顔を見るに堪えられなかったのだ。

 家を出ると、ゴミ出しに出て来た隣の三塚さんと出会した。「あらアッコちゃん」と満面の笑みでこちらに向かって来る三塚さんに、明子は引き攣った笑顔を作りながら「おはようございます」と頭を下げた。
「東大をやめてハーバードを受けるって聞いたけど本当なの?」
 ニヤニヤと笑う三塚さんは、大きなゴミ袋を両手に持ちながら明子の前で足を止めた。
 三塚さんは良枝と同い年の四十才だった。たかだか百メートル先のゴミ捨て場に行くにもわざわざ着替え、化粧までするような人だった。旦那が高級官僚という事から非常に気位が高く、上品で綺麗な奥さんだった。
 明子はそんな三塚さんに「いえ……ハーバードなんて……」と首を振った。すると三塚さんは、まるで女子高生のように「あら」と可愛く首を傾げ、「この間、お宅に来ていた伯父さんがそう言ってたわよ?」と、不思議そうに目を丸めた。
 また昌史伯父さんのデタラメだと思った。明子はうんざりした。以前も昌史はこの先の角にあるコンビニの店員に、明子が『東京ガールズコレクション』に出場するなどと突拍子もない嘘をつき、近所中にその噂が広まっては大変な事になったばかりだったのだ。
 なぜ昌史がそんなくだらないデマをわざわざ飛ばすのか明子は理解に苦しんでいた。直接本人に問い質してみると、昌史は「そんなデタラメ言うわけないじゃん」と嘘をつき、どうしてここでまた嘘をつくのかと、ますます謎を深めたのだった。

 明子は、そんな昌史のデマにまんまと引っかかってしまった三塚さんに、「それは叔父のデタラメです」とは言えず、「きっと叔父は間違えてるんだと思います」と、必死な作り笑顔で答えた。
 三塚さんは「そう……」と少し残念そうに頷いた。その落胆から見て、恐らく三塚さんは、既に近所の人達に昌史伯父さんのデマを言いふらしているのだろうと思い、素直に面倒臭いと思った。
 そんな三塚さんに「ごめんなさい……」と頭を下げると、カモシカのように綺麗な足にシャネルの黒いパンプスが見えた。
 ゴミ出しにわざわざシャネルのパンプスを履かなければならない、そんな高級官僚の妻という立場に同情しながらも、ふと、三塚さんが持っている透明のゴミ袋に目が行った。
 ゴミ袋の底に丸めたティッシュが見えた。それはティッシュを何枚も重ねて丸めたもので、野球ボールくらいの大きさがあった。しかし、上から押し込まれた他のゴミに押しつぶされ、まるで肉まんをふたつに割ったように解れていた。
 その割れた隙間からピンク色の何かが見えた。それは見た事のない物体だったが、明子は直感的にそれが淫らな物だと感じた。ここまでティッシュを何重にしてまで隠しているのは明らかに不自然なのだ。
 三塚さんは、ボブヘアーを朝の爽やかな風に靡かせながら「それじゃあ、気をつけていってらっしゃいね」と上品に笑うと、キュンっと突き出した丸い尻をシャム猫のように振りながら歩き出した。いつもならそんな三塚さんが上品で綺麗な大人の女に見えたが、しかしこの時の三塚さんは下品で汚いおばさんに見えた。

 コンビニの角を曲がった上り坂の途中、あまりの気怠さに我慢できなくなり、田添神社へと繋がる下り坂に逃げ込んだ。
 鬱蒼とした木々に囲まれた山道はひんやりと涼しく、背中に担いでいた脱力感がじんわりと分散していくのがわかった。舗装されていない山道を進んでいると、楽しかった軽井沢のテニス合宿を思い出し、胸のモヤモヤが少し晴れた気がした。
 緑から発せられる生き生きとした空気を胸一杯吸い込み、ひとときの森林浴を楽しんだ。しかし、爽やかな風にザワザワと靡く木々を見上げれば、緑の上にはズラリと並んだ高層マンションが聳え立ち、たちまち軽井沢のテニス合宿から現実へと引き戻された。

 赤い鳥居を潜り、玉砂利を踏んだ。ザクザクと小気味良い音を鳴らしながら奥の日陰を目指していると、赤い境内の裏の大きな杉の木の横に木製のベンチが見えた。
 日陰は冷蔵庫のようにひんやりとしていた。日陰の土はジメッと湿り、高級絨毯のような緑の苔に踵が食い込んだ。
 立ち並ぶ巨大な杉の木が清々しい香りと澄んだ空気を作り出し、おもわず明子はベンチに腰掛けながら大きく背伸びをした。
 誰もいなかった。猫もいなかった。車の騒音も排気ガスの匂いも全く感じなかった。明子はもってこいの癒しの場を見つけたのだった。

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 その日から明子は、学校に行くふりをして田添神社の境内の裏で時を過ごしていた。
 ここで一人でぼんやりしていると、淫欲で穢れた魂が洗われるような感じがした。神々しい空気が、脳で渦巻く黒い魔物を打ち消し、少しずつではあるが明子は自分を取り戻しつつあった。

 しかし、そこに通うようになって一週間が経った頃、再び明子は黒い魔物の渦に巻かれた。
 それは、三日ほど前からこの神社に現れるようになった中年男が原因だった。
 四十代後半の中年男は、いつも昼になるとコンビニで買った菓子パンを持って神社にやって来た。ひとり黙々と菓子パンを貪り食い、三時頃まで何をするでもなくボーっと過ごし、そして帰る際には必ず境内に向かってパンパンと二回柏手を打って静かに去っていった。
 そんな中年男と、明子は毎日この清々しい空間を分かち合っていた。挨拶をする事も、目を合わす事もなく、お互いに自分の世界に籠もっていた。
 しかしある日の日曜日、突然中年男が明子に話しかけて来た。

「ちょっといいですか」

 中年男は中腰で明子の顔を覗き込みながらそう呟いた。
 その頃の明子は日曜日でもこの神社に来るようになっていた。
 読んでいた数学の教科書からソッと視線を上げた明子は、「はい」と中年男の濁った目を見た。

「見て下さい、あんな所にカワラヒワが巣を作ってますよ」

 中年男はそう言いながら赤い境内の雨樋の下を指差し、大きな目玉を奇妙にキラキラさせた。男の手には、食べかけの『苺ジャム&マーガリン』が握られていた。
 そんな中年男に不気味さを感じながらも、男が指差す方にチラッと視線をやり、「本当ですね……」と小さく呟いた。
 実際、明子はカワラヒワという生き物がなんなのか知らなかった。恐らく野鳥なのだろうが、しかし、そこでそれを質問すれば話が長くなりそうだったため、取りあえずそう答えただけだった。
 中年男は、明子に「ね、ね、」と何度も念を押すと、嬉しそうにその巣を見上げた。そして青空に不気味な笑顔を向けながら「北千住の駅裏にね、カワラヒワを塩焼きにして喰わせてくれる店があるんです……」と独り言のように呟くと、そのまま中年男は、杉の木の前に置いてあった石に腰を下ろしたのだった。

(あっちに行けばいいのに……)

 明子は中年男の襟足にある大きなホクロにそう呟くと、再び教科書に目をやった。
 中年男は、ひたすら巣を見上げていた。そして時折唇を尖らせては、ちゅーちゅーちゅーと唾液を鳴らしていた。
 その度に明子は、その不快な唾液の音に眉を顰めていた。しかし、ここでそそくさと席を立つ勇気はなかった。明子と言う女は、コレ系の『空気を読めない人』に対しては妙に気が小さいのだ。

 明子は唾液の音が聞こえる度に、菓子パンを齧る中年男の背中を迷惑そうに見つめていた。すると中年男が、何の前触れもなく振り向いた。
 いきなり目が合ってしまった。明子は顰めた眉を元に戻し、慌てて「んふっ」と作り笑いを見せると、素早く視線を教科書に戻した。
 視界の隅で男がのそりと立ち上がるのが見えた。菓子パンの袋をガサガサさせながらこっちに向かって歩いて来る。
 明子は教科書の『7863』という数字をジッと見つめたまま、そこで初めて(怖い)と思ったのだった。

 中年男は、ベンチに座る明子の真正面で足を止めた。
 恐る恐る明子が視線を上げると、中年男は明子からサッと目を反らした。そして含み笑いを浮かべながらベンチの足下をジッと見つめ、「あのね」と話し始めた。

「カワラヒワの鳴き声ってのはメジロによく似てるって言われてるんだけどもね、実はよく聞くとこれが全然違っててね、メジロは『チリチリ』って鳴いてるんだけども、カワラヒワは『チョンチョンジューイン』って鳴いてるんだね。耳で聞くぶんにはわからないけど、活字にすると全然違っててね、要するに私はあなたのおしっこしてるところが見たいんですよ。一万円で見せてもらえると有り難いんだけどもね」

 中年男は一度も息継ぎをしないで一気にそう話した。
 一瞬、この男が何を言っているのか理解できなかった。カワラヒワの鳴き声のモノマネをする『チョンチョンジューイン』の声が頭から離れず、後の話はほとんど聞いていなかったのだ。
 しかし、最後の『おしっこ』や『一万円』という言葉ははっきりと聞き取れた。内容は正しく理解できなかったが、そのふたつの言葉からだいたいの察しがついた。

「ま、ま、そんなに怖がらないで下さいよ。絶対にあなたの体に触れるような事はしませんから。約束しますよ。もし約束を破ったら携帯電話でヒャクトウバンしてもらって結構ですよ。その時は、私も潔くお縄を頂戴致しましょう」

 中年男は、恐怖のあまりそのまま固まってしまった明子に向かってそう言った。そしてその後、まるで少女のようにクスクスと小さく笑った。

 この男は完全に狂っていると思った。下手に逆らえば乱暴されるかも知れないと思うと両膝が震えた。
 すると、そんな恐怖と共に、やっと薄れかけていた例の黒い魔物が再び脳に現れた。
 背筋が異様にゾクゾクした。自然に鼻息が荒くなり、小刻みに震えていた膝が大きくガクガクと震え始めた。しかし、それは恐怖から来る症状ではなかった。この見知らぬ男の前に陰部を曝け出し、そこを覗かれながら犬のように放尿するというその変態行為を想像すると、脳に潜む魔物が狂ったように黒い渦を巻き始めたのだ。

 そんな明子を見下ろしながら、中年男は菓子パンを齧った。モグモグと頬張り、右頬で、くっちゃ、くっちゃ、と下品に咀嚼しながら黙って明子を見下ろしていた。
 安っぽい苺ジャムの香りが漂って来た。そんな匂いに急かされるかのように明子は無言で立ち上がった。

「いいんですね?」

 中年男が明子の耳元に囁いた。
 黙ったまま突っ立っていると、中年男は「じゃあ、あっちに行きましょう」と言いながら、境内の裏に向かって歩き出した。

 明子の足は、まるで催眠術にかけられたかのように勝手に動き出した。トボトボと歩く明子の頭上でカワラヒワが鳴いた。その鳴き声は、はっきり『チョンチョンジューイン』と聞こえた。

(つづく)

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