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牛乳は3



 日曜日の午前十時。
 日曜日のこの時間帯に目覚めているキャバ嬢は少ない。
 いたとしてもそれは、ホストで飲み明かしたバカ嬢か、ラブホ帰りの枕嬢か、もしくは、常に天地がひっくり返っているシャブ嬢くらいであり、普通のキャバ嬢なら大概この時間帯はまだ夢の中だった。
 克彦は、池尻大橋の女は普通のキャバ嬢だと、そう勝手に予想していた。
 きっとあの女は、ついこの間まで中小企業の受付嬢をしていたに違いない。恐らく、その中小企業の専務あたりと不倫に堕ち、そして会社に不倫が発覚するのを恐れた専務が、慌てて彼女を自主退社させたのだ。が、しかし専務は、このまま彼女を手放すのはもったいないと思った。これだけの美形とあれだけの身体を重ね持つ女はそうそう見当たらない。しかも彼女は馬鹿ときている。家畜のように何も考えていない為、何でもいうことを聞く性奴隷なのだ。

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 そんな上玉女をみすみす見逃す手はないと思った専務は、このまま彼女を性処理女として囲っておこうと企み、毎月十万円のお手当と池尻大橋のマンションを与える事にした。しかし女は、たったそれだけのお手当では生活していけなかった。だから専務に、「友達が渋谷のキャバクラで働いているから、私もそこでバイトしてみよっかな」と相談してみた所、これ以上出費したくなかったケチな専務は大いに賛成し、「但し、この部屋に男は絶対連れ込まないと約束しろよ」などと馬鹿げた条件の上、渋谷のキャバクラでバイトする事を公認したのであろう。
 渋谷のキャバ嬢と専務専用の肉便器。
 あの女はそれを両立させながら、あの池尻大橋の豪華なマンションで一人暮らしをしているに違いない。
 などと、克彦は勝手に想像し、勝手に推理し、勝手にそう決めつけていたのだった。

 とかく克彦という男は、自分の趣味と願望を、強引に現実に変えようとする妄想癖があった。あの女は五反田の奈津子のような擦れっ枯らしのキャバ嬢とは違うなどと、何の根拠もないまま勝手にそう決めつけてしまうのだ。
 だから克彦は、敢えて彼女が寝ていると思われる日曜日の午前十時を狙って電話をかける事にしたのだった。それは、数年前まで振り込め詐欺をしていたという、自称元関東連合のバイト学生の言葉を思い出したからだった。

「どんな慎重な人間でも寝込みを襲われると弱いもんですよ。いきなり起こされるってのは、意識はあっても脳はまだ正常に動いていませんからね。だから朝イチとか夜中に電話するのが効果的なんです。まぁ、大概の奴は騙されてましたね」

 そう自慢げに話していた彼は、振り込め詐欺で毎月五百万以上稼いでいたと威張っていた。
 それにしては、時給千三百円の引っ越し屋のバイトに必死にしがみついているというのも、実に眉唾物な話ではあるが、しかし克彦は、そんな胡散臭い彼のレクチャーをまともに信じていたのだった。

 克彦は、事務所のPCで顧客名簿を開き、池尻大橋の女の個人情報を調べた。自宅の電話は空欄だったが、携帯番号はしっかりと書き込まれていた。
 彼女の携帯番号を、会社の営業用携帯電話に登録した。そして日曜日になるのを待ち、午前十時ぴったりに登録番号306番をプッシュしたのだった。
 二十コールしても出なかったため一度電話を切った。五秒数えた後、再び電話をかけた。すると七コール目で電話は繋がり、受話器の向こうからガサゴソと布団が乱れるような音が響いてきた。

「あ、もしもしぃ、先月、『リフレンス池尻506号室』にお荷物を運ばせて頂きました、はなまる引っ越しセンター渋谷支社の東田と申しますぅ」

 営業用の口調で一気にそう話すと、受話器の向こうから「あぁ……はい……」という眠そうな声が返って来た。いや、眠そうではなく、明らかに眠っていた声だった。

「先日運ばせて頂いたお荷物の件でお電話させて頂いたのですが……今、よろしかったでしょうか?」

「あぁ……はい……」

「実はですね、運んだ荷物の数量と、お見積もりさせて頂いた荷物の数量が合わないんですよ。それで、誠に申し訳ございませんが、今からそちらにお伺いさせて頂きまして、運んだ荷物の数量を再度確認させて頂きたいと思うのですがよろしいでしょうか……」

 全くの出鱈目だった。
 そんな引っ越し屋、聞いた事がない。
 が、しかし女は、眠そうな、いや、眠ったままの声で「あぁ……はい……」と返事をした。すぐさま克彦は、「それでは今からお伺い致しますので宜しくお願い致します」と早口で答えると、相手が質問してくる前に急いで電話を切った。そして運転席で屈みながら両拳を握り、「よしっ!」と気合を入れると、素早くエンジンをかけアクセルをべた踏みしたのだった。

 車のドアを閉めるなり、目の前に聳え立つ巨大マンションを見上げた。視線が上って行くのに合わせて心臓の鼓動がカウントダウンを打つ。もし部屋に男がいたらそのまま引き下がればいい。そう自分に言い聞かせながらマンションのエントランスへと歩き出した。
 エレベーターは一階で止まっていた。ボタンを押すなりガラガラガラっと扉が開いた。ドキドキしながらエレベーターに乗り込み五階のボタンを押す。グオォォォォォンとエレベーターが起動すると同時に突然心が折れた。老いた母の顔が浮かび、やめるなら今だぞ、と自分に叫んだ。
 みるみると数字が変わっていく表示板を見つめていると、遂に数字は『5』で止まり、チン! というベル音と共に扉が開いた。
 乾いたコンクリートの廊下は朝の光りに包まれていた。廊下のすぐ横を走る首都高から排気ガスがムンムンと溢れて来た。ビルとビルの隙間を走る風が狂ったように吹き抜け、一歩廊下に出ると、まるでオートバイに乗っている時のように耳がゴォォォォォと鳴った。
 ここに人の気配はなかった。廊下は廃墟のように静まり返っていた。その静けさが、折れた心を再び奮い立たせ、今なら何をやっても大丈夫だという危険な気分にさせた。

(ビビるな。あの女はバカだ。何も考えていない家畜だ。卑猥な自画撮り画像をブログに掲載するような病的な女なんだ。だから大丈夫さ。すんなりヤらせてくれるさ……)

 そう自分に言い聞かせながら506号室の前で足を止めた。
 朝の光りに輝く銀色のドアノブを見つめながら、きっと、八王子で母子を惨殺した綾口健一も、練馬で女子高生を強姦して海に捨てた武部義彦も、最初はみんなこんな安易な気持ちでそこに踏み込んだのだろうと思った。そう思うと、もしかしたら自分も、数時間後にはそんな凶悪犯の仲間入りをしているかも知れないという激しい恐怖に襲われたが、しかしその恐怖を以ってしても、今の克彦の下腹部で蠢いている淫獣を宥める事はできなかった。
 胸にドロドロとした興奮を抱きながら、克彦は震える指をそこに伸ばしインターホンを押した。扉の向こうでピンポーンという音が響くと、その音がマンション中に響き渡っているのではないかと焦りを覚えた。
 それでも立て続けに三回押した。しかし女は一向に出て来る気配を見せないため、ここでもう一度電話をしてみようかとポケットの中から携帯を取り出そうとすると、突然ドアから重たい鍵がガチャンと開かれる音が響いた。
 ドアがほんの少しスッと開き、それと同時に中から甘ったるい香水の香りが溢れ出て来た。

「朝早くから申し訳ございません、先ほど御連絡させて頂いた、はなまる引っ越しセンターの東田です」

 そう言いながらドアの隙間をソッと覗くと、「はい……」と、眠そうに目を擦る女が立っていた。女は、熟睡していたに違いなかった。いきなり寝込みを襲われ、未だ夢の中にいるかのようにボーっとしていた。そんな彼女のノーブラのTシャツに浮き出る二つの乳首が、意識が朦朧としている事を物語っていたのだった。

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 寝惚けたバカ女というのは、バカの上に更にアホを上塗りしたくらい容易い生き物だった。
 今なら何をしても大丈夫だろうと咄嗟に思った克彦は、そのノーブラの乳を鷲掴みにしながらペニスをシゴき、素早く女の太ももに射精してしまおうかという衝動に駆られたが、しかし、それではあまりにも勿体ないと思い、その衝動を速やかに打ち消した。
 女の寝惚けた脳が正常に戻らないうちにと、克彦はA四用紙に細かい文字がびっしりと書き込まれた書類を女に提示した。そして、この見積書に書かれた荷物が全て部屋に運ばれているかどうかを確認して欲しいと言いながら、書類の一番上にある『JKA652B84・テレビ棚』を指差し、順番に読み上げた。
 その書類には、家具や段ボールだけでなく、雑誌の冊数まで細かく記されていた。もちろんこれは克彦がデタラメに作り上げた書類であり、会社でこんなものは作らない。これは、未だ夢心地の女の脳に、『面倒臭い』と拒否反応を起こさせる為の仕掛けだった。
 そんな面倒臭い書類を、女はうつろな目で見ていた。
 書類の荷物名をひとつひとつ指差しながら説明していた克彦は、もはや女は限界に達していると感じ取った。これ以上これを続けていると、「明日にしてもらえませんか」と言い兼ねないと思った克彦は、書類に走らせる指を突然止め、恐縮した面持ちで女をソッと見上げた。

「相当な量になりますので、もしお邪魔してよろしいのであれば私の方で勝手に確認させて頂きますが……」

 克彦のその言葉に、女は眠そうな目を「はっ」と開き、「いいんですか」と嬉しそうに笑った。
 すかさず克彦は、「当然です、これは当方の手違いですから」と深々と頭を下げた。すると、「それじゃあ、お願いします」という女の声と共に、項垂れる克彦の前に花柄のスリッパがサッと差し出された。
(まんまと罠に引っかかった)
 そう思いながら克彦は、まるで半沢直樹に出て来た悪人のように、項垂れたままニヤリと頬を歪めたのだった。

淫石9

(つづく)

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