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スリル6・デリヘル待機所

2013/06/13 Thu 00:02

 原っぱのような駐車場に車が滑り込むと、藤田は運転席からフロントガラスに身を乗り出した。真正面に建つ薄汚れたマンションを見上げながら「ここの三階が待機所だ」と言った。それはマンションというより、高度成長期に建てられたマンモス団地のようだった。
 駐車場は舗装されていないため、タイヤが小石をパチパチと弾いていた。その音を聞きつけたのか、三階のバルコニーから坊主頭の中年男がヌッと顔を出し、藤田の車に向かってへコッと頭を下げた。
 入口の壁に、『さとうのうんこ』と赤いスプレーで落書きされていた。それが佐藤なのか砂糖なのか考えながら藤田の後について行くと、駐輪場にサドルの無い自転車が二台並んでいるが見えた。
 エレベーターの壁には、公衆便所のような卑猥な落書きがそこらじゅうに書かれ、その天井には、なぜか数十枚の大長森神社のお札がびっしりと貼られていた。
 ガタン! と激しい揺れと共にエレベーターの扉がゆっくりと開いた。
 扉の向こうには日陰の廊下が貪よりと続き、コンクリートがカラカラに乾いた埃っぽい風が泳いでいた。ペンキが剥がれた鉄の扉がズラリと並び、その光景は、まるで軍艦島のように不気味だった。
 『三ノ六号』とプレートが貼られた扉を開くと、中から異様な臭いが漂って来た。
 玄関にはさっきの坊主頭の中年男が待ち構えていた。
「さっき電話で話した久美子ちゃんだ」
 藤田は、ついさっき車の中で考えたばかりの恵美の源氏名を坊主頭の男に告げると、なぜか口に手をあてたまま、そそくさと廊下を進んで行った。
 玄関先で「久美子です……」と恐る恐る頭を下げると、坊主頭の男は、まるでお地蔵様のような人懐っこい笑顔を浮かべながら、「ここの責任者を任されてます原山ですぅ」と、どこか違和感のある関西弁でお辞儀をした。
 原山は埃だらけの下駄箱から真っ黒に汚れたスリッパを出した。そして恵美に向かって「さっ、どうぞ」とそれを廊下の先に並べた。
 その異様な匂いの元は原山だった。原山が前屈みになると強烈なワキガ臭がモワッと漂い、スリッパを履く恵美は、おもわず息を止めてしまった。
 トイレと浴室が並ぶ廊下を抜けると、六畳のダイニングキッチンに出た。その横には八畳ほどの居間があり、それぞれにバルコニーが付いているため、部屋の中には、あの軍艦島のような暗さは全く感じられなかった。
 キッチンでは、ダイニングテーブルに気怠く座った藤田が、ジョージアの缶コーヒーをジュジュジュと啜っていた。
 そっと八畳の居間を覗くと、女が二人いた。
 腰まで黒髪を伸ばした一人の女は、テレビの前で胡座をかきながらゲームをしていた。それは、襲って来るゾンビを撃ち殺すというシューティングゲームで、十五年ほど前に流行ったものだった。
 もう一人の女は、押し入れの襖にぐったりと凭れ掛かりながら、無言で畳の一点をジッと見つめていた。その姿はどう見ても十代の少女であり、そんな彼女の両腕の裏側には、無数のリストカットの傷跡が、まるで線路のように続いていた。
「出勤日とか給料とか何でも原山さんに聞けばいいから」
 藤田はそう言いながら立ち上がった。カップ麺の空箱が大量に積み重ねられた流し台に飲みかけの缶コーヒーをコンっと置くと、原山から顔を背けながら「それじゃ、あとはヨロシク」と告げ、早々と部屋を出て行ってしまったのだった。
 鉄扉が閉まる音が背後で響くと、原山は、「こっちへどうぞ」と言いながら、キッチンで突っ立ったままの恵美を居間に案内した。
 居間の真ん中にある卓袱台の上には、懐かしいプッシュ回線の電話機が置いてあった。その受話器には、『変態倶楽部・サラマンドラ』とプリントされたテプラが貼られ、本機から飛び出した電話帳には、系列店と思われる店の電話番号がズラリと書き込まれていた。
 原山は、テレビの横に置いてあったミニ冷蔵庫を開けた。四つん這いで中を覗きながら、「コーヒー、コーラ、ミルクティー。何飲みます?」と恵美に聞いて来た。
 冷蔵庫の中にはプリンやヨーグルトが大量に押し込められ、それらの蓋には女の名前がマジックで殴り書きされていた。
 恵美が「いえ、結構です……」と答えると、原山の横でゲームをしていた黒髪の女が「くさい!」と、いきなり叫んだ。そして画面に現れるゾンビに向かって「くさい! くさい! くさい!」、と連続して叫びながら次々にゾンビを撃ち殺していった。
 そんな黒髪の女は、左手を口元にあて、右手だけで器用にコントローラーを操っていた。しかも女の右手の指は四本しか無く、小指が不気味に第二関節から欠損していた。
 原山は冷蔵庫の中からミルクティーを取り出すと、それを恵美の前にソッと置き、黒髪の女を横目でそっと見た。
「この人は静香さん。宿無しですからここに住んでます」
 そう言いながら卓袱台にゆっくりと身を乗り出すと、「シャブで狂うてますから相手にせんほうがええですわ」と、恵美の耳元に向かって囁いたのだった。
 そんな静香の「くさい! くさい!」と叫ぶ声を背後にしながら、原山はバッグの中から一枚の書類を取り出し、それを卓袱台に広げた。
 それは『同意書』と書かれた書類だった。
「藤田さんから聞いてはると思いますけど、ウチは普通のデリと違いますから、一応、これにサインしておいて下さい」
 そこには、『営業中にいかなるトラブルが発生しようとも店には一切の責任を問いません』、といった内容の文章が十項目ほど並んでいた。
 そのひとつひとつに目を通していると、原山はそれを詳しく読まれたくないのか、読んでいる最中の恵美に話し掛けて来た。
「そっちの子は沙織ちゃん言いますねん。この子もね、精神病院を逃げてきてますから今はここで暮らしてますわ。病院の薬で脳をやられてしもうてますから、意思の疎通はなかなか難しい思いますけど、まぁ、仲ようしてやって下さい」
「はい……」と頷きながら恵美が沙織に振り返ると、原山は素早く朱肉の蓋を開け、「まぁ、ここには色んな子がいますわ」と呟きながら恵美の右手首を掴んだ。そして、恵美の人差し指を卑猥に伸ばしながら、「精神病、身体障害者、覚醒剤中毒、自殺願望者。中には、車椅子の子もいますから……」と説明を始め、恵美がそのショッキングな話に気を取られているうちに、素早くその同意書に恵美の指印を押してしまったのだった。
 その同意書を、原山はそそくさとバッグの中にしまいながら、「で、久美子さんはどんな病をお持ちですのん?」と聞いて来た。
 恵美が言葉に詰まっていると、ふと、バーガーショップで藤田に言われた言葉が蘇ってきた。
(キミは、自分では気付いていないかも知れないけど破滅願望があるね。キミは変態共に嬲り殺しにされたいと思っている究極のマゾヒストだよ)
 そんな言葉を思い出したとたん、恵美の脳にメラメラと轟く黒い渦が立ち込めた。
 下唇を噛みながら黙っていると、原山は「雰囲気からして、マゾちゃいますか?」と笑った。
 恵美が小さくコクンっと頷くと、原山はニヤニヤと笑いながら、「ほなら、こんなブッサイクなチ○ポでイジメられたいちゃいますのん」と、ヨレヨレのパジャマのズボンの前をズルッと下げた。
 そこに飛び出したペニスは、七割皮を被った真性包茎だった。
 皮からほんの少しだけ頭を出す真っ赤な亀頭の先には、消しゴムの滓のような恥垢が、惨めにポロポロと付着していたのだった。

(つづく)

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