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スリル10・大磯先生

2013/06/13 Thu 00:02

 原山は、自分が店長を務める変態専用デリヘルで実の娘を働かせていた。
 しかも待機所では娘を犯しまくり、平気で中出しまでしていた。
 彼女は重度の精神障害を患っていた。年齢は定かではないが、恐らく義務教育をまだ終えていない少女だった。
 鬼畜。
 原山は、まさに鬼畜そのものだった。
 そんな鬼畜が、ある時、父親の顔を見せた。
 しかしそれは最初で最後の顔となった。
 幸いにも原山は、父親の顔のまま、この世を去る事ができたのだった。

 それは、日曜日のお昼、『NHKのど自慢』のエンディングが流れた直後の事だった。
 いきなり待機所に藤田がやって来た。
 藤田は何やら慌てた様子でドカドカと居間にやって来ると、そこで嬢たちとリンゴを齧っていた原山に「二時から大磯先生が入ったぞ」とだけ短く告げた。
 恵美は、大磯という名前に聞き覚えがあった。確か以前、ドライバーの矢部が、「サラマンドラのような店がやっていけるのは大磯先生に『生け贄』を提供しているからだ」と言っていた。そして、「爺さんの機嫌をひとつ損ねれば、サラマンドラどころか松橋観光の系列店全店が一瞬で潰されるからな」とまで言っていた。
 確かに大磯というのは、この町では相当な権力者だった。数年前まで副知事を務めていた六十五歳のこの老人は、警察でも役人でも思いのままに操る事ができ、サラマンドラのケツ持ちをしている佐川会の会長さえも、子分のように動かす事ができた。
 そんな大物から予約が入った。だから本社の藤田は、わざわざサラマンドラの待機所にまで慌ててやってきたのだった。
「二人用意して欲しい」
 藤田は深刻そうな表情でそう言うと、今まさにリンゴを齧ろうと口をぽかんっと開けている恵美をチラッと見ながら、「一人は彼女でいいだろう」と呟いた。
 そんな藤田に「はい」と頷いた原山だったが、しかし、その表情は死人のように青ざめていた。
 
 大磯に差し出す『生け贄』というのは、まだ大磯が食べた事のない初顔の嬢でなければならないとされていた。
 しかし、既にサラマンドラで働いている嬢は全て大磯に出し尽くしていた。たまたま一週間ほど前に働き始めた恵美がいたため一人は確保できたが、しかし今回はもう一人必要だった。
 原山は、青ざめた顔のままジッと黙って畳を見つめていた。
 そんな原山の前に藤田はゆっくりとしゃがんだ。
「なぁ原ちゃん……」
 藤田はそう言いながら原山の肩にソッと手を置いた。
 その藤田の言い方に、恵美は(何かあるな)と思った。
 
 恵美の直感は当たった。なんと、いきなり原山が「わっ」と泣き出したのだ。
「沙織だけは勘弁して下さい!」
 原山は、喉を掻きむしるような声でそう叫びながら、畳に額を擦り付けた。
 実は沙織は、原山の実の娘という事から、今まで大磯の生け贄を免除されていたのだった。大磯のプレイがあまりにも残酷だという事を知っている原山は、なんとか沙織だけはと藤田に頼み込んでいたのだった。
 しかし、今回ばかりはどうしょうもなかった。初顔が恵美しか残っていない以上、もはや沙織を差し出すしかなかった。そうしなければ大磯の機嫌を損ね、サラマンドラは会社もろとも潰されてしまうのである。
「なんとか、系列店から女の子を回せませんか!」
 原山は藤田に縋り付いた。
「無理だよ。あの子たちではとても大磯先生の相手なんてできないよ。それは、あなたが一番わかってる事じゃないか」
「じゃあ、先生に正直に言うて下さい、ウチにはもう新人はいないって」
「…………」
「ええです、会社が言うてくれんのやったら自分で詫び入れに行ってきます、指の一本や二本詰めてもかましまへん!」
 そう熱くなる原山に、藤田は大きく息を吐きながら「原ちゃん……今まで会社は、何も働いていないあんたの娘に毎月九万円もの最低保証を出して来たんだぞ……」と呟き、両手で原山の肩をパンっと叩いた。そして原山の顔を覗き込みながら、「わかってくれよ原ちゃん」と言った。
 すると、それと同時に廊下で床がギシッと軋み、襖の隅からドライバーの矢部がヌッと顔を出した。
「藤田部長、そろそろ出ないと間に合いませんけど……」
 矢部は、そこに漂う重たい空気にモゾモゾしながらも、恐る恐る藤田にそう告げた。
「わかった。キミは久美子を連れて車で待っててくれ」
 藤田がそう言うと、矢部は未だリンゴを手にしたまま呆然としていた恵美に「行こっ」と小さく囁いた。

 煙草臭いワンボックスカーに乗り込むなり、矢部は独り言のように「原山さん、相当ヤバいなぁ……」と呟いた。
 今まで、自分からは矢部に一度も話し掛けた事がなかった恵美だったが、しかし、このあまりにも不穏な空気に居た堪れなくなり、おもわず「あのぅ……」と運転席を覗き込んだ。
 矢部は火の付いていない煙草を唇でピコピコさせながら、「ん?」とバックミラーを見た。
「その……大磯さんという人のソレは……そんなに酷いんですか……」
 ひと呼吸置いて、矢部が「んふふふふ」と笑った。
「酷いとか凄いとかのレベルじゃないね。あれはもう殺人レベルだよ」
 矢部は深く頷きながらシートを座り直した。そしてポケットから百円ライターを取り出すと、それを、ジュっ、ジュ、と何度も擦りながら恵美を見た。
「あんた、この世に思い残す事はない?」
「え?……」
「あるなら今のうちだよ。彼氏に電話するとか、親の声を聞くとか、辞世を書くとかね」
 矢部はひひひっと下品に笑いながら煙草に火を付けた。そんな矢部をバックミラーで見ながら、恵美は、どうせいつものようにからかってるだけだろうと思った。
 すると、フロントガラスにフーッと煙を吐きかけた矢部がジロっと恵美を睨んだ。
「あんた、今、俺が冗談言ったと思っただろ? 見ただろ、あの原山さんがトチ狂ってる姿……あんなの演技じゃできねぇぜ……」
「…………」
「ココだけの話しだけどよ、俺、大磯先生に殺された女の死体を見た事あるんだ……あん時も確か、浦川のラブホだったな……いきなり夜中に藤田さんに呼び出されてその部屋に行ったんだけどさぁ、そしたら、さっき送ったばかりの女がぐちゃぐちゃの肉の塊になってるじゃねぇか……マジ、ビビったよ。死体なんて見るの初めてだしさ、それにその死体には目とか鼻とかねぇんだぜ、ボコボコに殴られて深海魚みてぇな顔になってんだぜ……正直、ここまでヤッても捕まらねぇんだから、やっぱ大磯ってのはスゲぇんだなぁって思ったよ……あいつに逆らったらマジヤベェって、そん時、心底思い知らされたね……」
 矢部はその時の光景を思い出したのか、急に暗い顔をして黙りこくった。その深刻そうな表情は演技でもなさそうだった。
 そんな緊迫した沈黙に、恵美の背筋はゾクゾクしていた。
(ぐちゃぐちゃの肉の塊……)
 そう何度も繰り返していると、下着のクロッチがみるみる湿っていくのがわかった。
 暫くすると、矢部が、「おっ、来た」と慌てて煙草を揉み消し、車のエンジンをかけた。
 窓の外を見ると、藤田に肩を抱かれながら歩く沙織がいた。
 ワンボックスカーの後部ドアがガラガラガラっと開くなり、三階のベランダから原山の絶叫が聞こえて来た。
 藤田は沙織の背中を押しながら「早くしろ」言った。ヨタヨタと乗り込む沙織のその姿は、まるでデイサービスのバスに押し込まれる痴呆老人のようだった。

(つづく)

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