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スリル17・新たなるスリル

2013/06/13 Thu 00:02

 その日も彼は、先輩看守に虐められていた。
 被疑者たちに貸し出される官本の整理がされていないと何癖をつけられ、留置場の隅でスクワットを一〇〇回やらされていた。
 その晩、当直の彼はいつものように恵美の房にやって来た。
 最初のうちは、鉄格子越しにオナニーを見せ合う程度だったが、しかしそのうちエスカレートし、彼は鉄格子の隙間からペニスを突き出すようになっていた。
 恵美は、冷たい鉄格子に額と顎を押し付けながら、彼のペニスをしゃぶった。口内で弾ける生温かい精液を一滴残らず飲み干したりしていた。
 しかし、セックスは無理だった。何度か、鉄格子にお尻を押し付けては彼のペニスを受け入れようとしたが、しかし、彼のペニスがあまりにも小さ過ぎる事から、かろうじて先っぽだけがヌルヌルとピストンするだけだった。
 それでも彼はちゃっかりと射精した。亀頭しか挿入されていなかったが、彼は大量の精液を恵美の穴の中に注入していたのだった。

 そんな彼との不完全なセックスを繰り返していた中、恵美は現住建造物放火と殺人で起訴された。
 被疑者から被告となった恵美は、着々と死刑台に近付いていた。
 恵美は、沙織を惨殺した大磯の罪を被り、放火して自殺した原山の罪まで被って死刑になる事に後悔していなかった。恐怖も怒りも感じていなかったし、むしろ、死刑という究極のSM行為にスリルを感じ、その瞬間を今か今かと待ちわびているほどだった。
 しかし、そんな恵美の感情は、その日の取調室で刑事から聞かされた話しによって大きく急変した。
「恐らく判決は死刑だろう。でも心配するな。お前は死刑台には行かないよ。お前を犯人だとする物的証拠は何も無いんだ。お前があの親子を殺す理由も動機も不明だし、それに何といっても、お前のような華奢な女が、一人であれだけの殺人ができるかという点が非常に疑わしい。だから心配するな。お前は、死刑判決が出たとしても死刑台には行かないよ。法務大臣は、こういった怪しい事件にはなかなか印を押さないんだ……」
 そう言いながら刑事は、机にうつ伏せになっている恵美の尻肉を両手で押さえ、『の』の字を描くように腰を回した。
「……って事はどうなるんですか」
 恵美は机に右頬をグイグイと押し付けられながら聞いた。
「放置だよ。獄死するまで拘置所の中で放ったらかしだよ」
 恵美はゾッとした。
 何十年も狭い箱の中で放置され、そのまま老いて獄死する。
 そんな地味で退屈な人生の結末には、どこにもスリルが見当たらないのだ。

 房に戻った恵美は、床に埋め込まれただけの和式便器にしゃがみ、下腹部に力を入れた。ベロリと開いた割れ目から刑事の精液がドロドロと溢れ出し、それが便器にボタボタと音を立てて落ちた。
「おい」と呼ばれ、項垂れていた顔を慌てて上げると、格子の向こうに彼が立っていた。恐らく、また先輩看守に蹴飛ばされたのだろう、濃紺の制服ズボンの太ももにはスニーカーの跡がくっきりと浮かんでいた。
「明日、拘置所に移監される事が決定した」
 彼はそう淋しそうに呟くと、「今夜でキミとはお別れだ」と、今にも泣き出しそうな表情でゆっくりと俯いた。
 そんな彼の目に、便器の底に溜まった刑事の精液が飛び込んで来た。
 「なんだそれは?」
 彼は慌てて恵美の顔を見た。
 恵美は、いきなり肛門に指を突き刺されたような焦燥感に襲われ、咄嗟に「子供です」と答えてしまった。
「子供?」と、そう首を傾げる彼を見て、恵美はふと思った。
(こいつは馬鹿だ)
 恵美は、そう何度も自分に言い聞かせながら、「そう。あなたの子供ができたの」と、深刻そうに出鱈目を言った。
 彼とセックスをするようになってからまだ十日しか経っておらず、そんなに早く子供などできるわけがなかった。
 しかし彼は気付かなかった。普通の人ならすぐに気付く事なのに、しかしやっぱり彼は馬鹿だった。
 愕然とした彼は、「僕の子供……」と呟いた。体を震わせながら、何度も何度もそう呟いていたのだった。

 深夜二時。
 最後の巡視に来た彼は、「爆睡してたよ」と小さく笑うと、ポケットの中から大きな鍵を取り出した。
 爆睡していたのは先輩看守だった。夕食後、彼に睡眠薬入りの缶コーヒーを飲まされた先輩看守は、仮眠室の布団に包まりながら、まるで四トンダンプが走り去るような大鼾をかいていたのだった。
 ガタン、ガタガタン。
 鈍い鉄の音が、静まり返った廊下に響いた。重い鉄格子の扉が開くなり、彼は二つ折りにした一万円札を恵美に渡した。
「三万円ある。タクシーをいくつも乗り継いで、できるだけ遠くに逃げてくれ」
「あなたは大丈夫なの?」
 急いでゴム草履を履きながら恵美がそう聞くと、彼は「僕の事は心配するな」と頷いた。
「当直の時はね、この鍵は巡査部長しか持てない決まりになってるんだ。だからこの責任は全てあいつが取らされるよ」
 そう笑いながら彼は、いきなり恵美の体を抱きしめた。骨が折れそうなくらい強く強く恵美を抱きしめた。
「キミとは何度もセックスしてきたけど、こうやってキミを抱くのは初めてだね」
 彼は恥ずかしそうにそう囁くと、更に恵美を強く抱きしめながら「絶対に捕まるなよ。元気な子供を産んでくれよ」と泣いた。
 泣きながら彼は、ゆっくりと恵美の体を解放した。そして恵美の顔を真正面から見つめながら、「最後に……キスしてもいい?」と呟いた。
 恵美は笑った。この留置場に来て初めて笑った。いや、サラマンドラという黒い渦に巻かれてから初めて笑ったかも知れない。
「またすぐに会えるんだから最後じゃないよ。これは最初よ」
 恵美はそう笑いながら彼の背中に手を回した。彼は大粒の涙をボロボロと流しながら「ありがとう」と呟いたのだった。

 警察署からは、いとも簡単に出る事ができた。
 一階の交通課には眠そうな顔をした警察官が二、三人いたが、まさかこうして堂々と脱走されるとは夢にも思っていないらしく、平然とそこを横切って行く恵美には見向きもしなかった。
 外に出ると、ほんのりと冷たい夜風が髪を靡かせた。
 ゴム草履をスタスタと鳴らしながら大通りに出ると、走り去る車のライトが妙に眩しく、そこで初めて自由になった実感を感じた。
 夜の闇は二十二日ぶりだった。
 夜の匂いを嗅ぐのも二十二日ぶりだった。
 一つ目の交差点で立ち止まり、信号機に寄り掛かりながら、ゴム草履の中に紛れ込んだ小石をパラパラと払った。
 すると、信号で止まっていた白い車の助手席の窓がジーッと開いた。
 薄汚い中年男が、運転席からジッと恵美を見ていた。
 助手席には、食べ残したコンビニ弁当や雑誌が散乱し、いかにも不審者の匂いがムンムンと漂っていた。
 そんな中年男の右肩が不自然に動いていた。はぁ、はぁ、と小刻みに息を吐く度に、青い無精髭がブツブツと広がる二重顎がタプタプと揺れていた。
 恵美は黙って車に近付くと、助手席の窓からその上下に動いている肉棒を見下ろし、そしてジャージのズボンの前をゆっくりと下ろした。
 真っ白な肌にとぐろを巻いた陰毛が夜風に晒された。
 男は、恍惚とした表情で「ああ……」と呻きながら、上下にシゴく手をいきなり速めた。
「乗ってもいい?」
 恵美がそう聞くと、男は一瞬戸惑いながらも慌ててドアのロックを開けた。
 ドアを開くなり、ペットショップのような饐えたニオイが溢れ出した。

 恵美の新たなるスリルが、今、始まろうとしていた。

(スリル・完)

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