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    6キング





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「あれ?どうしたの?」
 管理室で夕食後のクスリの配分をしていた前園さんは、夜勤日でもない僕がいきなり夜の特Bにやってきたのを驚いて見た。

「いえ、ちょっと近くまで来たものですから差し入れをと思いまして・・・・」

 僕はわざとらしくそう言うと、右手にぶら下げていたタコヤキを管理室の事務机の上にソッと置いた。
「ふふふふ・・・とかなんとか言いながら、あの女子高生と中村のアレが見たいんでしょう」
 前園さんはそう笑いながら、机の上に並べてあるピルケースの中に患者達のクスリをひとつひとつ入れ始めたのだった。

 いつも中村が特Bにやってくるのは、院内の機能が停止した消灯後だった。
 そんな消灯まで1時間を切っていた。僕は焦る気持ちを抑えながら、それを前園さんに悟られないようにいつもの口調で、前園さんに聞いた。

「彼女にはどれくらいの催眠剤を飲ませるんですか?」

 すると前園さんは、少し表情を暗くさせながら「うん・・・」っと頷いた。
「さっき中村の部屋に行ったんだけどね、中村のヤツ、異様に興奮しているんですよね・・・彼女が自分の娘と同じ女子高生って事でね・・・・」
 僕はそう話す前園さんの顔を、唾をゴクリとの飲みながら聞いた。
「多分、いつもよりも荒れるんじゃないかなぁ・・・いや荒れますよ、だって一番強力なスタンガンを用意しておけ、なんて私に言ってたぐらいですから・・・・」
 前園さんはそう言いながら事務机の引き出しをソッと開けた。そしてその中から注射液瓶をひとつ取り出しそれを机の上にコツンっと置いた。

「超強力な麻酔薬です。これ打っちゃえばスタンガンあてられても絶対に目を覚ましませんから・・・」

 前園さんはそう言いながら僕を見た。
「これを彼女に?・・・・」
「そう。眠ってれば、苦痛を味わなくて済むでしょ・・・・」
 前園さんは、悲しげで優しげなそんな複雑な笑顔で静かに笑うと、机の引き出しの中から使い捨ての注射器を取り出したのだった。

 前園さんは、駅弁売りが首から下げているような大きな板箱を首に吊るすと、その上に患者達のクスリを置き始めた。そして「二号室」と表示されているあずみちゃんのピルケースの中に超強力な麻酔薬の瓶と注射器を置いた。

「注射、僕が打ってきましょうか?」

 僕がそう言うと、前園さんは「ホント!」と明るい表情で振り向いた。

 そんな前園さんは「・・・いやね、約束の時間にちょっとでも送れると中村のヤツ凄く怒るんですよね・・・だから凄く助かります」っと何の疑いもせずにそう喜びながら僕にその麻酔薬と注射器を渡した。
 そんな前園さんが病棟の廊下を進み、三号室の小窓に向かって「お薬ですよ~」と声を掛けるのを横目で確認すると、僕はあずみちゃんのいる二号室の扉の鍵を開けた。
 二号室の扉を開けると、あずみちゃんはベッドの上でまたしても奇怪なヨガをやっていた。

「あれ?今日はお休みじゃないの?」
 
あずみちゃんはそう僕に言いながら、首に絡まっていた手と足をゆっくりと解いた。
「いいかい。黙って僕の言う通りにするんだ・・・」
 僕はあずみちゃんにそう告げると、急いで注射液瓶の中に注射針をプスッと挿した。
「注射?ヤダヤダ・・・・」
 あずみちゃんは大袈裟にそう言いながら布団の中に潜り込んだ。そんな布団からは、薄いピンクのパンツを履いたあずみちゃんの尻がプルンと突き出していた。
 僕はそんなあずみちゃんの布団をおもいきり剥いだ。そして布団の中で子猫のように丸まっていたあずみちゃんを抱き起こすと、「いいかい、よく聞くんだよ」と、僕は作戦を説明し始めた。そんな僕の必死な説明を聞きながらも、しかしあずみちゃんは、「痛いのはイヤなの」とひたすら呟いていたのだった。


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「前園さん・・・・」
 僕は、六号室の小窓を覗いていた前園さんの背後に近付きながら、前園さんの背中に向かってソッと声を掛けた。

 前園さんは六号室のハイヒールモモコによく似た患者となにやら下品な話しで盛上がっていた。
「どうしました?」
 前園さんは六号室の小窓の台に両手を付いたままサッと僕に振り返った。
「二号室、注射終わりました」
 僕がそう告げながら足を止めると、前園さんは「助かりました」とペコリと頭を下げた。僕は、右手に持っていた麻酔薬入りの注射器を前園さんに見つからないようにソッと後に隠すと、「いえいえ」と笑う。
 前園さんはそんな僕をチラッと見たまま、また六号室の小窓にゆっくりと顔を向けた。
「だからさ、俺、ハッキリ言ってやったんだよそのキャバスケに、金も学歴もねぇけどチンポのデカさだったらそいつにゃ負けネェゾってね」
 そう笑う前園さんの背後に立っていた僕は、静かに前園さんの首元を覗き込む。モモコ患者と向かい合ったままゲラゲラと笑っている前園さんの喉仏がヒクヒクと上下に動いているのが見えた。
 前園さんの首元を恐る恐る覗いていた僕を、ふいに六号室のモモコ患者が不審な目付きでジロッと見た。
 そんなモモコ患者の視線に気付いた前園さんが「ん?」と僕に振り返る。
「・・・どうかしましたか?」
 前園さんは、自分の首元を覗き込んでいた僕を不思議そうに見上げた。

「いえ・・・前園さんのそこ・・・ほら、その首の所、なんか血が出てませんか?・・・」
 
僕がそう言うと、前園さんは「えっ?うそ?」と言いながら慌てて自分の首に手をやった。
「違いますよ、そこじゃありません、ここですよここ・・・」
 僕はそう言いながら左手を前園さんの首にあてた。前園さんは「どこですか?」と言いながら、僕に首を見せるようにアゴを上に向け、そしてジッと動かないまま天井を見上げた。
「ここですよ・・・・」
 僕はそういいながら前園さんの鎖骨のくぼみに素早く注射針を刺した。

「あっ!」

 一瞬、前園さんの指が肌と針の結合部分を弄った。僕は「ごめんなさい」と呟きながら、一瞬にして麻酔薬を前園さんの体内に注入する。
 素早くスポっと針を抜くと、僕の右手に握られていた注射器を目にした前園さんが「えっ?」と驚いた。そして前園さんは、何が何だかわからない表情のまま、無言で僕の顔と注射器を何度も何度も交互に見つめている。
 そしてようやく僕が持っていたその注射が二号室の少女に打つ為の麻酔薬だとやっと気付いたのか、「どうして?・・・」と、ブクっと血玉が膨れる自分の鎖骨を触りながら呟いた。

 しかし、僕がその説明をするまでもなく、前園さんの顔はみるみると青くなり、その狭い額にはまるでバケツの水をぶっかけられたような汗がダラダラと流れ始めた。前園さんはフラフラと振らつきながら、ゆっくりとその場にしゃがんだ。そして、ユラユラと体を揺らしながら自分の爪先をジッと見つめ、まるでイジけた子供の独り言のように「絶対にヤバいよ・・・・」と呟くと、大量のヨダレをタラーっと垂らしながらドサッと廊下に崩れ落ちたのだった。

 僕は、思った以上に即効性のあるこの麻酔薬に驚いていた。もしかしたらこれは猟友会なんかが使っている獣用の麻酔薬なのではないかと焦り、慌ててもう一度ポケットの中から空瓶を取り出してはその成分を読み直す。

「あんた・・・いったい何をやらかすつもりだよ・・・・」

 手をブルブルと震わせながらも必死に瓶の成分を読んでいた僕に、六号室からこの一部始終を見ていたモモコ患者が、呆然と僕を見つめながら呟いた。
 僕はそんなモモコ患者に振り返りながら、「もうこれしか方法がないんです・・・」っと今にも泣き出しそうな声で答えたのだった。


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 静まり返った廊下を、前園さんの両足を引きずりながら僕は七号室へ向かった。
 この七号室は、先月、元特Bの看護士だった松川と言う男が患者を惨殺した部屋で、今は空室になっている。そんな七号室のドアを開けると、いきなり強烈な線香の匂いが僕を包み込んだ。
 部屋の突き当たりには線香立てと一緒に花や果物が供えられており、それらは前園さんが当直時に毎回この部屋に来ては供えている物だった。
 僕はその線香臭い部屋のベッドに、完全に意識不明になっている前園さん引きずり込んだ。

 前園さんをベッドの上に乗せようとしていると、ふいに、何の前触れもなく僕の背筋がゾクっと震えた。
 この部屋は、つい先日猟奇殺人があったばかりの部屋だけあり、何やら目に見えぬ不気味な空気が漂っているように感じる。僕は一刻も早くこの不気味な部屋から脱出しようと、前園さんの体をセッセとベッドの上に持ち上げる。するといきなり僕の足首にヒヤッと冷たい空気が触れた。
 前園さんの体に布団を被せようとしていた僕の手がピタッと止まり、そのまま僕は息を殺しながらジッと耳を澄ました。

 それは確かに人の気配だった。何が聞こえたとか見えたとかではなく明らかに人の気配がするのだ。そう、例えば、呼吸をしているとか瞬きをしているとかそんな気配だ。

(間違いなくナニモノかがこのベッドの下に潜んでいる・・・)

 そう思った瞬間、僕の奥歯がガチガチと音を立てて鳴り始めた。
 僕は、そのナニモノかにもし足をギュッと掴まれたらどうしよう、などと気が狂いそうなくらいに焦りながらも、その反面、そんな事あるわけがないよ気のせいだろ、と必死で思い込んだ。しかし、だからと言ってソレを確かめようとこのベッドの下を覗き込む勇気はない。ソコを覗き込んだら、ドス黒い内臓をぶちまけた狂女がニヤッと笑っていたらどうするんだ!などという狂った想像が次から次へと僕の頭に湧いて出て来て、不気味な汗を大量に流す僕はいてもたってもいられなくなった。

 前園さんの顔にガバッ!と乱暴に敷布を被せ、そのままベッドから飛び上がるようにして入口に向かってジャンプした。今にも、ベッドの下の内臓飛び出し狂女がバタバタバタっと這い出して来ては足を掴まれそうな恐怖に駆られた僕は、そのままアホのようにピョンピョンと飛び跳ねながら七号室から脱出した。
 廊下に飛び出した僕は慌てて七号室のドアを閉めた。そしてガチガチと震える手で七号室の扉の鍵を慌てて閉めた。その時、確かに僕は誰かがベッドの下に隠れているのを見た。いや、それは髪の毛が見えたとか足が見えたとかそういう物体的なものではなく、何が見えたというわけではないが、絶対にそこに誰かが隠れているという直感がしたのだ。
 必死で鍵を閉めた僕は、汗だくになりながらフラフラと廊下を進んだ。
 すると、隣の六号室の扉に顔を押しあてていたモモコ患者とふと目が合った。

「隣、変なのがいたでしょ・・・」

 モモコ患者は、扉のアクリル板を息で曇らせながらニヤリと笑った。
「や、やっぱり、なんかいますよね・・・」
 僕は体をガタガタと震わせながら六号室の扉に寄りかかった。
「煙草・・・頂戴よ・・・」
 モモコ患者はここぞとばかりに僕にそう囁いたのだった。。

 僕は煙草を吸わないから自分の煙草を持っていないが、しかし、白衣の左のポケットには患者の御機嫌を窺う為の「エサ」としての煙草がいつも忍ばせてあった。
 ハァハァとまだ恐怖が覚めやらない僕が、箱ごとその煙草を六号室の小窓に投げ入れると、モモコ患者はまるでエサのバナナを檻の中に投げ入れられたチンパンジーのように、必死な形相で床に転がる煙草を拾いながら口を開いた。

「隣の患者はね、横浜で普通の主婦をしてた女だったんだ・・・酷い幻覚ばかり見る分裂症の女でさぁ、一日中騒ぎまくってたから、隣の私はうるさくてしょうがなかったわよ・・・・」

 モモコ患者はユラユラと煙草の煙をくゆらせながらポツリポツリと話し始める。

「なんたって真面目な主婦だからね、毎晩あいつらにあんなことされてちゃ、治る病気も治らないよ・・・」

 僕はやっと治まりかけて来た恐怖を拭い取るかのように、額をダラダラと濡らす汗を白衣の袖で拭い取りながら「あいつら?」と聞き直した。
「うん。あいつらさ・・・・」
 モモコ患者は苦々しい表情でそう言いながらキッと廊下の床を見つめた。
「あいつらって・・・隣の患者とデキてたのは看護士だった松川さんだけじゃなかったんですか?」
 僕がそう聞くと、モモコ患者は煙と同時に「ぷっ」と噴き出した。

「松ちゃんはそんな人じゃないよ。あの人はとっても優しい看護士でさぁ、患者に手を出すなんてそんな外道な事は絶対にしなかったよ」
 僕はその言葉に、ふと自分が責められているような気分になり、ソッとモモコ患者から目を反らした。

「隣の患者とデキてたのは前園だよ。そりゃあ仲の良い似合いのカップルだったよ2人は。でもね、そんな2人に嫉妬したんだろうね、中村のヤツ・・・・」

「えっ?・・・中村が・・・・」

 僕は慌てて視線をモモコ患者に戻した。

「そっ、中村。あいつはね、隣のケイちゃん、あ、隣の患者、恵子って名前だったんだけどね、そのケイちゃんを前園が非番の時を見計らってはこっそり拷問してたんだよ・・・・」
「・・・・・・・・・」
「あいつ、誰かに見られながらヤるのが好きな変態でしょ、だからいつもケイちゃんを拷問する所を中村は松ちゃんに見学させてたのよ、無理矢理に・・・。それである時、運悪くいつもよりもエスカレートしちゃったみたいでさ、それで中村がケイちゃんを包丁でズタズタに切り刻んで殺しちゃって・・・・」
 モモコ患者はソコまで言ってフーっと煙草の煙を吐き、そして僕の目をジッと見つめながら「それ全部、松ちゃんのせいにしちゃったってわけよ・・・・」と、信じられない言葉を呟いた。
「で、でも・・・そ、そんな事が実際に・・・・」
 僕はカラカラの喉に唾を押し込みながら必死で言葉を発した。

「できるわけがないってそう言いたいんでしょ・・・ふふふふ・・・あんた、まだココの事なんにも知らないんだね・・・ココはね、なんだってアリの世界なの。だって完全に社会から隔離された世界なんだもんココは。権力だけがものを言う、法律もなぁ~んにもない治外法権なのよココは。だから中村が松ちゃんを精神異常者に仕立て上げて殺人犯にすることなんて、朝飯前のことなのよ・・・」

 それを黙って聞いていた僕は、今から戦わなければならない相手のその偉大さに一瞬にして金玉が縮まった。そんな大悪党、そもそもこんな小悪党な僕が敵う相手ではないのだ。

「・・・可哀想にね、前園のヤツ、夜勤の時は毎晩隣の部屋で一晩中泣いてるよ・・・だからケイちゃんもね、前園がいつもそうやって来てくれるから成仏できずにまだ隣にいるんだろうね、きっと・・・」

 その言葉を聞いて再び僕の背筋にゾクゾクゾクっと寒気が走った。
 真っ青になりながらも、廊下から六号室のモモコ患者をジッと見ていた僕の視野には、隣の七号室の扉のアクリル板が微かに映っている。そんな視野の隅っこに映っている七号室の扉のアクリル板に何かがスっと動いた。
 その瞬間、「はっ!」と七号室に反射的に振り返ってしまった僕は、薄暗い部屋の中で扉のアクリル板に顔を押し付けてはニヤッと笑っている中年の女を見た。確かに見た。
 するとその瞬間、恐ろしい怒号が特Bの廊下に響き渡った。

「ごらぁー!前園ぉぉぉぉ!早く開けろぉぉぉぉ!」

 それは明らかに中村の声だった。中村はそう大声で叫びながら特Aと特Bを繋ぐ鉄の扉をガンガンと激しく叩きはじめたのだ。
 中村のその声に「はっ!」と我に返った僕は、今の自分の置かれている立場にやっと気付いた。
(こうしちゃられない。このままではあずみちゃんが・・・・)
 そう震えながらふと見ると、それまで七号室の扉に張り付いていた幽霊は、中村の怒声に脅えたのか既に消えていたのだった。


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 僕は病棟に響き渡る中村の怒声を聞きながらあずみちゃんのいる二号室のドアに慌てて鍵を押し込んだ。

「誰かケンカしてるの?」

 必死でドアを開けようとしている僕をボンヤリ見つめながら、あずみちゃんは心配そうに廊下を覗き込んでいる。
 時間がなかった。ここまで中村が騒ぎ出せば、恐らく中村に急かされた特Aの看護士が鉄扉の鍵を開けるだろう。だから一刻も早くここから脱出しなくては危険なのだ。そう、あずみちゃんを連れて。

 僕がここからあずみちゃんを連れ出すというのは、いわゆる僕の看護士生命が終わる事を意味していた。
 精神病院の特別病棟の患者を院長の許可なく外に連れ出すなど、刑務所の受刑者をシャバに連れ出すか、若しくは動物園のゴリラを野放しにするかに等しい行為なのだ。しかもその患者は、優秀な専門医師達から躁鬱病と診断され、しかも自殺願望者というお墨付きを頂いては重要危険人物に指定されているのである。
 ましてあずみちゃんは未成年の少女だ。
 これは普通に考えても底知れず罪が重い。
 まず、100%自殺するとわかっている彼女をその隔離病棟から脱走させては社会に野放しにするという事は、これは解釈によっては自殺幇助罪に問われる可能性が高い。もし逃亡中に彼女が本当に自殺してしまったら「自殺関与・同意殺人罪」に問われる可能性もあるとウィキペディアに書いてあった。しかしこれだけならまだしも、彼女はなんと言っても未成年の少女だ。プラス精神病者だ。そんな精神病の少女を深夜病院外に連れ出すというのは、健常者な少女を連れ回すロリコンよりも明らかに罪は重いだろうと法に無知な僕でもさすがにそのくらいはわかる。

 これは看護士生命を賭けての逃避行ではなく、僕の人生を賭けての逃避行になるかもしれない。これは看護婦のトイレシーンを覗くような、そんなケチな犯罪ではないのだ。
 しかし、そんな事を躊躇している暇はない。とにかく今は彼女をこの病棟から脱出させないことには、彼女はキングコブラの餌食となり、自殺する前に殺されてしまうのだ。

 もう何も見えなくなった僕は、ただただ彼女を助けたい一心でその禁断の鍵をガチャリと開けた。
 事態を何も知らない彼女は、ドアが開くなり「ねぇねぇ新しいヨガのポーズを考えたの。『ひよこのくしゃみ』って名付けたんだけど、ちょっと見て見て」と、嬉しそうにベッドにちょこんと飛び乗った。
 確かに、彼女が我流で開発した『ひよこのくしゃみ』というヨガのポーズには興味を惹かれた。が、しかし今はそれをのんびり眺める暇はない。今にも、怒り狂った中村と獰猛な特Aの看護士が突入して来るかも知れないのだ。
 僕はベッドの上で必死に逆立ちしようとしながらも、ウンウンと唸りながらまるで江頭2:50の決めポーズのような体勢になっている彼女に叫んだ。

「ここを逃げよう!早くするんだ!」

 僕がそう叫んだ瞬間、廊下の奥からガシャン!という鉄扉が開く音が聞こえた。
 いよいよヤツラが特Bに侵入して来たのだ。
「早く!」
 僕は彼女の細い腕を掴んだ。
「どうして?」
 事態を読み込めていない彼女は、不思議そうな顔をしながらのんびりと首を傾げる。
「どうしても糞もない!早く!」
「でも、せっかくあずみが『ひよこのくしゃみ』を・・・」
「ひよこはくしゃみをしない!」
 僕はそう怒鳴ると、彼女の腕を強引に引っ張り部屋を飛び出した。

 廊下に出ると、前園さんが監禁されている七号室を唖然と覗き込んでいた中村と特Aの看護士がいた。どうやら彼らは七号室に閉じ込められている前園さんを発見したらしく、「いったいこれはどういうことだ?」と、彼らは頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
 しかし、廊下に飛び出して来た僕とあずみちゃんを「はっ!」と見た瞬間、彼らの頭上のクエスチョンマークは一瞬にしてパッ!と消えた。そう、ヤツラは僕達を見てやっと事態が飲み込めたのだ。

「おい!ちょっと待たんかい!」

 まさしく、ふいにバナナを奪い取られては怒り狂うマウンテンゴリラの如く、中村は強烈に恐ろしい形相で僕らにそう怒鳴った。
 瞬間的に僕の足は竦み、同時にあずみちゃんが「怖っ!」と呟きながら僕の手をギュッと握った。

「あんた、その患者をどこに連れて行くんだ・・・」

 中村の後から2メートル近くはありそうな巨大な看護士がそう言いながらスタスタとこちらに向かって来た。
「あわわわわ・・・」っと脅える僕の隣で、「デカっ!」と笑うあずみちゃん。
 僕はもうどうにでもなれ!と最後の力を振り絞り、あずみちゃんの手をおもいきり握りながら病棟のゲートに向かって走り出した。それはまるで、なぜか上海にある恐ろしく高いビルの上で、ビュービューと風に吹かれながら不安定に立ちすくんでいるという非現実的な夢の中で、こんな怖い思いをするくらいならいっその事飛び降りてしまえ!と地の底へとダイビングする時のような、そんな無鉄砲で投げ遣りな糞度胸だった。


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 僕達が走り出すのと同時に、「コラッ!」という叫び声が聞こえ、同時にスニーカーのゴム底が廊下に擦れるキュッ!という激しいダッシュ音が響いた。
 その音を聞いた僕は、恐ろしさのあまりにその場にへたり込みそうになりながらも必死にゲートに向かって走った。子供の頃から鬼ごっこという遊びが大嫌いだった僕は、神社の境内で鬼の田中達郎君に執拗に追いかけ回されながら何度小便を洩らした事かわからない。そんな僕が、今、命を掛けた鬼ごっこをしようとしているのだ。

 管理室の前の角を曲がると、いきなり重圧な鉄格子のゲートが現れた。このゲートの鍵を持っているのは特B看護士だけで、特Aの看護士はここの鍵は持っていない。だからなんとかこのゲートさえ潜り抜け、表からゲートの鍵をしてしまえばこっちのものだった。
 角を曲がった僕達は、そのままの勢いで鉄格子のゲートに追突した。ガチガチガチっと音を立てながら、腰にぶら下げている無数の鍵の中からゲートの鍵を必死で探し出す。
 キュッ!キュッ!キュッ!キュッ!という特A看護士が走るスニーカーのゴム底の音と、パタパタパタという中村が走るスリッパの音がだんだんと背後に迫って来る。
 僕はそんな音に焦らされながら、10個以上ある無数の鍵の中から「ゲート」の鍵番である「七」という数字をガチャガチャと探した。

「ひよこはくしゃみするんだよ」

 ふいにあずみちゃんが僕の耳元で囁いた。と、その瞬間、僕は「七」とシールが貼られた鍵を見つけ出し、それをググッとゲートに差し込んだ。
 カシャン!というゲートが開かれた音に気付いたのか、向かって来る特A看護士が「ちょっと待て!」と叫んだ。
 僕はあずみちゃんの手を引っ張りながらゲートの向こう側に飛び込むと、それとほぼ同時に廊下の角から特A看護士がガバッ!と現れた。
「やめろ!」
 そう叫びながら特A看護士がゲートに飛び込もうとした瞬間、僕はおもいきりゲートの扉を閉めた。
 ダイブした特A看護士が瞬時に閉じられた鉄格子に激突し、ゲート全体がグワングワンと音を立てて揺れた。
 僕は必死で格子扉を掴んだまま急いで鍵穴に七と書かれた鍵を押し込む。ガチャン!と鍵が閉まったと同時に、ハァハァと息を切らせた中村が通路の角から飛び出して来たのだった。

 しかし、ゲートの鍵が閉められてひとまず安心した所に、特A看護士の太い腕と中村のイレズミだらけの腕がいきなり鉄格子の隙間からグワン!と伸びて来た。それはまるで昔深夜放送で見たゾンビの映画のワンシーンのようだ。
 飛び出して来たそんな彼らの腕を瞬時に避けた僕だったが、しかしあずみちゃんの長い黒髪はモンスターのような特A看護士のデカい手にしっかりと握られていた。

「いたたたたたたっ!」

 長い髪を格子に引き寄せられたあずみちゃんは、一瞬のうちにヤツのそのグローブのような太い指で細い首を鷲掴みにされた。
「く、くるしいよう!」
 手足をバタバタとさせながらあずみちゃんが叫ぶ。あずみちゃんの白い肌がみるみると真っ赤に充血して行くのがわかった。
 オロオロになっていた僕に、鬼のような形相をした中村がカミソリのような視線で睨みながら叫んだ。
「すぐに鍵を開けろ!じゃないとこの娘の首を雑巾みたいに搾っちまうぞ!」
 こいつらなら本当にあずみちゃんを殺しかねない。そう思った僕は慌てて腰にぶら下げていた無数の鍵の中から「七」の鍵を探し始めた。
「よしよしイイ子だ兄ちゃん・・・ここで俺に逆らってもなんにもいいことないんだぜ・・・わかるだろ?・・・」
 中村は慎重にそう言いながら鉄格子の隙間から伸ばしていた手をあずみちゃんの院内着の中に滑り込ませた。

「おまえがこの娘を気に入ったんならくれてやるよ・・・ただしそれは俺がたっぷりとこの娘と遊んだ後だ・・・それがここのルールってもんだぜ・・・・わかるだろ?」

 僕はそんな中村の言葉に「は、はい」と返事をしながら「七」と書いてある鍵を指で摘んだ。
 中村はあずみちゃんの幼気なおっぱいをグニグニと鷲掴みにしながら僕が摘んでいる指を見つめ、「よし、扉を開けろ・・・」っとニヤリと笑った。
 僕は鍵を摘んでいた左手を恐る恐る鉄格子の鍵穴に近づける。中村はあずみちゃんの桜色した乳首をムニムニと摘みながら「やっぱ若いだけあって肌がピチピチしてるよ・・・」っと特A看護士に満足そうに笑いかけている。
 その隙をついて、僕はポケットからスタンガンをスっと取り出した。そしてソレをあずみちゃんの首をギュッと絞めている特A看護士の手の甲に押し当てると、親指に渾身の力を込めてスタンガンのスイッチを入れた。

 ジジジジジジジッ!

 110万ボルトの電流が特A看護士の体を走り、特A看護士は「うわっ!」という叫び声をあげながらあずみちゃんの首から手を離すと後に飛び退いた。
「テメェ!」
 間髪入れず中村が僕の肩にしがみついて来た。僕はゲホゲホと咳き込んでいるあずみちゃんを蹴飛ばしては鉄格子から離れさせると、目の前の中村に向けてスタンガンを押し付け、恐怖のあまりに目を閉じたまま「死ね!」とスイッチを入れた。

 ババババババッ!

 瞬間に火花が散った。スタンガンが押し付けられていた場所は中村の左頬で、中村の顔全体に青い光を放った電流が元気よく走り回っていた。
「はべらもっ!」っと意味不明な叫び声をあげながら中村がストレートに後にひっくり返り、ビニールタイルが敷いてある通路の床にイレズミだらけの体をバウンドさせた。そして激しく後頭部を打つけ、頭を抱えたまま海老のように丸くなると「目が見えん!目が見えん!」と唸り始めたのだった。

「し、知らねぇぞ・・・」
 中村の隣で尻餅を付いている特A看護士は、スタンガンを浴びた右手をブラブラと振りながら顔面蒼白で僕にそう呟いた。
 僕はゲートの奥の階段の前でゼェゼェと喉を鳴らしながら愕然としているあずみちゃんに「大丈夫?」と駆け寄った。
「あの人・・・死んだ?・・・」
 あずみちゃんは目玉をぴくりとも動かさないまま、人形のような表情で呟いた。
 マズい。もしかしたらこの騒動で刺激を受けたあずみちゃんの精神構造がまた狂ったのかも知れない。
「大丈夫。あの人は死んでないから・・・」
 僕はあずみちゃんの小さな肩を両手で掴み、彼女の興奮を和らげようと、人形のように呆然としている彼女の唇に唇を押し付けた。
 その瞬間、あずみちゃんは「はっ」と我に返った。唇を押しあてる僕をジッと見つめながら「どうして?」と不思議そうに聞いた。僕はそう話すあずみちゃんの唇が開いたと同時に彼女の口内に舌を押し込んだ。

「んっ・・・んんん・・・・」

 強引にキスをされながらも、別段抵抗する事なくそう唸っていたあずみちゃんの口の中は、とっても温かくてヌルヌルしていた。

「知らねぇぞ・・・俺は知らねぇぞ・・・中村さんの目を潰したのはおまえだからな・・・知らねぇぞ、ぜってぇオマエら殺されるぞ・・・」

 僕の背後で特Aの看護士が声を震わせながら延々と呟いていた。
 僕はそんな震える呟きを背景にしながら、あずみちゃんの口の中から舌をソッと抜くと、彼女のマシュマロのように柔らかい唇を濡らしていた唾液をチュッと吸い取った。

「どうして?・・・・・」

 ハァハァと熱い息を吐きながらあずみちゃんが僕の顔をジッと見つめた。彼女のその目は正常を取り戻したようで、いつものように乙女チックにキラキラと輝いていた。
「・・・ごめんね・・・」
 僕があずみちゃんにそう呟くと、再び背後から特A看護士の「知らねぇぞ・・・・ぜってぇおまえら殺されるぞ・・・」っという声が聞こえて来た。
 そんな声にふと僕が鉄格子のゲートに振り返ると、いつの間にかそこには中村が立っていた。

「おい・・・へへへへ・・・俺の左目、何にも見えねぇよ・・・・」
 
中村は僕達をジッと見つめながらヘラヘラと笑うと、ピクリとも黒目が動かない左目に指をあて、まるで林家三平の「どーもすみません」が少し下にズレたようなポーズを取った。
「よぉ・・・見えねえ目なんてよぉ、いったいなんの意味があるんだ?・・・・アクセサリーか?・・・」
 そうニヤニヤと笑う中村が異様に不気味で、恐ろしくなった僕はガタガタと奥歯を鳴らしながら、階段に座っていたあずみちゃんをゆっくりと立ち上がらせた。

「こんな役に起たねぇもんはよぅ・・・もう何にも意味ねぇよな・・・・」

 中村はそう言いながら、瞼が開いたままの目の中に二本の指を押し込んだ。そしてキュルキュルっという小気味悪い音を立てながら、まるでバイ貝の空の中から身を取り出すかのように、ゆっくりと目玉をくり抜いた。
「うっ!・・・・」
 ガチガチと震えていた僕の奥歯が止まった。そしてその代りに生温かい小便が僕のズボンの股間をジワっと湿らせた。
 中村はそんな僕をジッと見つめながらニヤニヤと笑い、右手に握った目玉をニュッと引っ張った。目玉の裏には大きなミミズのような血管が顔と繋がっており、中村はその血管を引き千切ろうとピキピキと嫌な音を立て、ふふふふふふふふっと不気味笑う。

 それを見ていた特Aの看護士が「わわわわわわわ」っと体を震わせながら逃げ出した。幸いにもあずみちゃんは僕の身体が邪魔をしてその猟奇的なシーンを見ていない。そんなシーンを今のあずみちゃんがもし見たら、再びあずみちゃんの精神は狂い出し、脱走どころの騒ぎではなくなってしまうのだ。

 中村は不敵に微笑みながら僕を見つめ、顔と目玉に繋がっているその大きなミミズのような血管をプチン!と引き千切った。ポッカリと穴の空いたままの中村の左目の奥からジワっと血が溢れ出し、それはまるで中村の血の涙のように中村の頬をツーっと伝った。
 いきなり中村の表情がクワッと逆上し、僕の顔にそのくり抜かれた目玉を投げつけた。

「覚悟してろよ・・・おまえらのその両目、生きたままじっくりとくり抜いてやるからな・・・・」

 そう中村が唸ると同時に、僕はあずみちゃんの手を引いて階段を駆け上がった。
 必死になって駆け上がる階段の底からは、中村のふふふふふふっという不気味な笑い声が谺していた。そんな中村の低い笑い声は、まるで地獄からの使者が「待ってるからな」と囁きかけているように僕には聞こえたのだった。


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 地獄のような特別室の地下階段から外に飛び出すと、地上は何もなかったかのようにシーンと静まり返っていた。
「どこに行くの?」
 いきなりキスをされてからと言うものずっと黙りこくっていたあずみちゃんが、不安そうに僕の手をギュッと握りながら聞いて来た。

「とにかく、この病院から離れよう」

 僕はそう言いながら握っていたあずみちゃんの手を引いて、職員専用の裏通用口に向かって走ったのだった。
 当然、渡り廊下を走り抜ける僕達のそんな姿は本棟の管理室の監視カメラに映っているだろう。慌てた警備隊が追って来るのは時間の問題だ。
 僕は深夜の中庭を走り抜けながら、ふとこのまま院長室へ助けを求めに行こうかと考えた。そして夜な夜な特別室で行なわれている残酷な状況を洗いざらい全て告白し、あずみちゃんの保護を要請してみようかと思ったのだ。

(院長ならわかってくれるはずだ・・・・)

 そう思った僕は、本棟へ続く渡り廊下で一瞬足を止めた。
「どうしたの?」
 急に足を止めた僕をあずみちゃんが見上げた。
 僕は月夜に照らされたそんなあずみちゃんの天真爛漫な顔を見つめながら、そのほうが彼女の為かも知れない・・・っと、このまま彼女を社会へ連れ出す自信のない僕はふと思った。
 しかし、そんな気持ちと同時に別の感情が僕の心をギュッと鷲掴みにした。

 そう、それは前園さんの事だ。
 この件が院長に発覚すれば、当然院長はこの忌々しい特別病棟を閉鎖するであろう。そして、僕を含めた特別病棟の看護士達は全て解雇され、いや、解雇だけならまだいいがこれがマスコミなんかにバレたりすれば警察も動き出し、解雇プラス逮捕という線もあり得る。
 そうなれば前園さんは・・・
 僕は前園さんの事が気がかりだった。奥さんを殺そうとした元精神患者の前園さんは、ここを解雇されたらこの先どうやって生きて行くのかと。
(やっぱり・・・前園さんには迷惑をかけれない・・・・)
 僕はそう思うと、あずみちゃんの手を握り再び中庭を走り出した。
(そうだ。この事件は、あくまでも僕一人の単独犯なんだ。患者の少女に恋をした変態看護士が、その患者を病院から連れ出し誘拐する・・・・ありがちな事件じゃないか・・・うん、それでいいんだ・・・・)
 そう思いながら走る僕は、こうなったらあずみちゃんを連れてとことん逃げてやる、と妙な勇気が湧いて来た。

 そんな僕の勇気を讃えるかのように、いきなりけたたましい非常サイレンが静まり返った院内に響き渡った。そんな激しいサイレンの音に、あずみちゃんが「きゃはっ!」と嬉しそうに笑う。
 中庭の薮の中をギシバシと進みながら暗闇を駆け抜けると、その先の職員専用の裏通用口に懐中電灯を持った三人の職員が慌てているのが見えた。
 僕はそのまま薮の中を潜り、職員専用の裏通用口を通り越すと、その奥にある三メートルはあろうかと思われるフェンスに辿り着いた。
「これを登るの?」
 あずみちゃんは夜空の星を見上げるようにして、楽しそうにその高いフェンスを見上げた。
「いいや、登らなくても大丈夫・・・」
 僕はフェンスの下に溜っている小枝を掻き分けると、フェンスにポッカリと開いている穴を見つめ、「ここから出よう」とニヤリと笑った。その穴は、中村が風俗嬢をこっそり病棟に呼び込む時に使っている秘密の穴で、以前、前園さんがなにげなく僕に教えてくれた穴でだった。

「行こう!」
 僕がその穴をサッと潜り抜けると、あずみちゃんもワクワクしながら僕の後に続いて穴から飛び出して来た。そんなあずみちゃんを僕は抱きしめた。そしてようやくこの地獄から脱出できたその感動的な瞬間、あずみちゃんは僕の腕の中で「あずみ、マックが食べたいの」とポツリと呟いたのだった。


               35


 病院のすぐ近くにあるスーパーの裏に、僕は逃亡用のバッグを事前に用意していた。
 そんなスーパーまで全速力で走り、既に真っ暗になっているスーパーの裏へと潜り込むと、僕達はそのボイラーの音だけがワンワンと響いている薄暗い空間でひとまず腰を下ろした。
 僕は用意していたバッグを手にすると、中から女物のTシャツとスカートを引きずり出した。

「とりあえずこれに着替えて」

 僕はそう言いながら緑色の院内着のままのあずみちゃんにそれを手渡した。
 あずみちゃんは奥にある駐車場の街灯にそれを照らしながら「趣味悪くない?」とクスッと笑った。
「いや、慌てたから、とりあえずこれでいいだろうと思って・・・へへへへ」
 僕は恥ずかしそうに笑う。しかし、それはとりあえずで買った物ではなく、実は僕が近所のユニクロで選びに選んだ挙げ句に購入したものだ。そう、僕はちょっと趣味が悪いのだ。

「すんごいミニ・・・これじゃあパンツ丸見えだよ・・・」

 あずみちゃんはそう言いながらもケラケラと笑い、ゆっくりと院内着をパラリと脱いだ。
 駐車場から洩れる街灯に照らし出されたあずみちゃんの裸体は、まるで夜の森を飛び回る妖精のように美しかった。たとえ薄暗くともその白い肌は白く輝き、プクっと膨らんだ胸の先にある小さな乳首も桜色に輝いているのがはっきりと見て取れた。
 そんなあずみちゃんの妖精チックな裸体に見とれていると、「見ちゃいや」とあずみちゃんは笑顔でプイッと背中を向け、背中に浮かび上がった背骨をクネクネと動かしながらも急いでTシャツとスカートに着替えたのだった。

 服を着替えると、そのままスーパーの駐車場を抜け大通りに出た。大通りは非常に危険だ。しかし、とりあえず病院から遠く離れるにはタクシーを使うのが手っ取り早い。だから僕は危険を顧みず大通りを走るタクシーに目を凝らしていた。

「ねぇ・・・やっぱり、これ、パンツ丸見えじゃない?」

 大通りで必死にタクシーに手を振る僕に、あずみちゃんがそう言いながらプイッと尻を向けた。
 確かに、その極端に短いスカートからはあずみちゃんのパンティーとムチムチの尻が堂々と顔を出していた。こりゃあちょっとやりすぎだったかな・・・と、趣味でそれを買ってしまった事に反省しながらあずみちゃんの尻を眺めていると、そんなあずみちゃんの尻効果だろうか、いきなり1台のタクシーが僕らに向かってカチカチとウィンカーを出した。

 とりあえず人混みの中が一番安全だろうという事で、僕はタクシーの運転手に「渋谷駅まで」と告げた。
 タクシーの運転手は、思っていた以上の長距離に機嫌を良くしたのか、「あいよっ!」と嬉しそうに返事をすると、鼻歌混じりに車を走らせた。
 大通りを走るタクシーの窓から巨大な病院が威圧的に浮かび上がっているのが見えた。中庭には僕らを探しているのかサーチライトが照らされているらしく、その光が反射して病院は奇妙に青く浮かび上がっている。
「こんな時間に・・・なんかあったのかな?・・・」
 病院前の信号で止まると、ふいに運転手が運転席の窓から病院を覗き込む。病院の正門前では、トランシーバーや懐中電灯を持った職員達が慌ただしく走り回っているのが見えた。

「おいおい、もしかしてキチガイが脱走したんじゃねぇだろうな・・・・」

 運転手は、その脱走したキチガイが後部座席に乗っていようとは夢にも思っていないのだろう、そうヘラヘラと笑いながら「大変だねぇ、あの人達も」とポツリと呟き、再び車を発進させたのだった。
 そんな緊張感の中、僕は唾を飲む事も忘れながらひたすら「遠くへ遠くへ」と祈っていた。そして病院が完全に見えなくなった辺りで、ソッとあずみちゃんに振り返ってみると、あずみちゃんはドアにぐったりと凭れたまま小さな寝息を立てていた。
 そんな天使のようなあずみちゃんの寝顔に、おもわず僕がクスッと微笑んでしまうと、いきなりバックミラーからそれを見ていた運転手が「彼女?」と聞いて来た。
「いえ・・・妹です」
 慌てて僕が笑って誤魔化すと、「嘘だよ。あんた、さっきあそこの歩道でその子のスカートの中覗いてたじゃん。ちゃんと見てたんだから俺」と、嬉しそうにニヤニヤ笑った。


 渋谷駅に着く寸前であずみちゃんはフッと目を覚ました。
 あずみちゃんの寝顔をずっと見つめていた僕は、ふいに目を覚ましたあずみちゃんと目が合い、強烈にドギマギとした。
「そういえば今日まだお薬飲んでないよ・・・」
 あずみちゃんはなぜか妙に悲しそうな表情で、僕を見ながらそう呟いた。
「うん・・・もう、あのお薬は飲まなくてもいいんだよ・・・だから心配しないで・・・」
 僕はそう言いながらあずみちゃんの前髪を優しく撫でた。

「あっ!マックだ!」

 いきなりムクッと起き上がったあずみちゃんは窓の外にそう叫びながら、華やかに輝く街のネオンにキラキラと瞳を輝かせた。まるで小さな子供がおもちゃ屋のショーウィンドーに憧れのロボットを発見したかのように、通り過ぎて行くマックを爛々と目を輝かせながら振り返るあずみちゃん。
 そんなあずみちゃんにふいに切なさを感じた僕は、運転手に「ここでいいです」と告げるとマックの近くで車を止めてもらった。

 タクシーを飛び出すなり、「マックだ!」と叫ぶあずみちゃんはマックに走り出そうとしたものの、しかしふいに足を止めた。
「どうしたの?」
 僕はあずみちゃんが迷子にならないようにしっかりと手を握ったまま、彼女の顔を覗き込んだ。

「・・・あずみ、本当はマックシェイクの白いヤツが飲みたいんだけど・・・だけど今お金を持ってないの・・・」
 あずみちゃんはそう呟きながらキュッと下唇を噛んだ。そんなあずみちゃんの天使のような横顔に、歩道の樹木に飾られているイルミネーションがチカチカと反射していた。
「じゃあ、今夜は僕がおごってあげるよ・・・・」
 僕は、今すぐここでおもいきりあずみちゃんのその小さな体を抱きしめたいのをグッと我慢しながら呟いた。
「本当に!」
 あずみちゃんの顔がパッ!と明るくなった。
 その明るい笑顔は、あの時、プリンをあげた時と同じ表情だ。
「うん。本当だよ」
「じゃあ、早く行こっ!」
 あずみちゃんが僕の手をおもいきり引っ張った。そんなあずみちゃんの超ミニスカートからはパンツが顔を出し、よくよく見ると、彼女のスリッパには「特別病棟」とマジックで殴り書きされている。
 僕はそんなあずみちゃんに手を引かれながらも、噴き出さずにはいられなかったのだった。

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