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    やりまん9

(解説)
やりまんFILE第9話。
その手帳に書かれている女に、その暗号を唱えるだけでヤりまくれるという不思議な黒い手帳。
この手帳は幸せの手帳なのか、それとも不幸の手帳なのか?
その秘密が、今明かされようとしている・・・


―23―


 変態旦那から、黒い手帳の秘密を何も聞き出せなかった萬次郎は、既に名前が2つしか残っていないその不思議な黒い手帳をぼんやりと眺めていた。

(あの奥さんの所に、月に一度のペースで男達が来ているという事は・・・この手帳の存在を知ってるヤツは結構いるみたいだな・・・)

 秋の爽やかな風がそそぎ込む寮の畳に寝転がりながら、萬次郎は、あの奥さんもあのカフェのギャルもあの看護婦も、みんな、色んな男達に犯されまくっているんだとモヤモヤと想像し、寝転がっているスボンの股間を急速に固くさせた。

 そして再び、この黒い手帳は、誰が何の為に作り、そしてどのような経路で男達の手に渡っているのかという、いつもの疑問に突き当たった。この問題を考えるといつも萬次郎の頭はパニクる。この黒い手帳の謎は、所詮、萬次郎ごときの凡人には解明できぬ謎なのだ。

 萬次郎は、やめようやめよう、と慌てて頭の中から黒い手帳の謎を振り払った。しかし、そうしながらも、ただひとつだけ気になる事がどうしても頭から離れない。
「よしっ」と立ち上がった萬次郎は、それを確かめるべく、夕方の歌舞伎町へと向かったのだった。

 寮から歩いて数分の歌舞伎町は、ムンムンと音を立てるようにエネルギッシュだった。
 会社帰りのサラリーマン達がポツリポツリと目立ち始めた夕暮れの歩道には、早くも気合いを入れた呼び込み達が、獲物はいないものかと目をギラギラと輝かせていた。

 そんな呼び込み達の間をすり抜け、萬次郎は、黒い手帳を拾った『四季の道』へと向かっていた。
 そう、萬次郎は黒い手帳を拾ったあの場所に、あの時にいたホームレスと不思議な黒猫を尋ねに行こうとしているのだ。

(この黒い手帳の秘密をなんとしても聞き出すんだ・・・そしてもう一度、この黒い手帳に書かれた女達とデキる方法はないものかと・・・)

 そう期待しながら、萬次郎が四季の道に続く細道に曲がった瞬間、いきなり路地の奥から1台のバイクが萬次郎目掛けて突進して来た。

「うわあ!」

 慌てて避ける萬次郎の手にバイクのハンドルがぶつかった。ぶつかったバイクはハンドルを取られてよろめき、慌てて急ブレーキを掛ける。その瞬間、バイクのハンドルにぶら下がっていたピンク色のバッグが、ハンドルからすり抜けては宙を舞い、そのままバシャーン!と地面に転がると、バッグの中からあらゆる物をぶちまけた。
「す、すびません!」
 慌てた萬次郎は、バイクの男にそう叫びながら道路に散らばる小物を拾い始めた。しかし、バイクに乗っていた男は、フルフェイスのヘルメットの中で忌々しく「チッ!」と舌打ちすると、そのまま走り去ってしまったのだった。

「ちょ、ちょっと!」
 走り去るバイクにそう呼びかけるが、バイクはもの凄い勢いで大通りに飛び出して行ってしまった。
(なんだアイツは?)
 呆然と走り去るバイクを見つめながらも、何気なくそこに転がっているピンク色のバッグに目をやった。
 それは、キャバクラ・アマールの美咲にプレゼントしたくてもできなかったエルメスのパーキンだ。
 萬次郎は、道路で無惨に転がっているそのパーキンを手にした。
 さすが、ウン十万もするバッグだけ合って、なかなかの触り心地だ。
 そんな事を思いながら、ふと、口の開いたままのバッグの中を覗くと、そこは財布の中身が飛び出し、小銭やカード類が滅茶苦茶に散乱していた。

 その中にあった美容院の会員書の下に、なにげなく転がっていた免許証の写真をふと見て、萬次郎は「嘘っ!」とおもわず声を上げた。
 そう、その免許証に載っている写真の女は、紛れもなく、萬次郎の憧れのキャバ嬢、美咲だったのだ。

「ど、どうして美咲ちゃんのバッグが・・・」

 そう思った瞬間、路地の遠くの方からカツコツとヒールの音が聞こえて来た。
 見ると、それは美咲だった。美咲は大きな声で「ひったくりよー!」と叫びながら、萬次郎に向かって走って来たのだ。
 萬次郎はそんな美咲を見つめながら、さっきのバイク野郎が美咲のこのパーキンのバックを引ったくった事にすぐに気付いた。
 萬次郎は近付いて来る美咲に、「大丈夫!バッグは取り返したから!」と叫びながらも、こっそりとバッグの中の免許証を見た。

『松永美奈・・・東京都新宿区西新宿8・・・昭和57年8月・・・・』

 萬次郎は、免許証に表示された美咲の個人情報を必死で暗記しながらも、この女、6才も歳を誤魔化してるじゃねぇか!と、真事実に驚いていた。
「えっ!萬次郎君!うそぅ!良かったぁ!」
 美咲は一気にそう叫びながら萬次郎の太った体に体当たりして足を止めると、安堵の笑みを浮かべながらも、萬次郎の体ではなくパーキンのバッグにおもいきり抱きついた。

「大丈夫よ、僕がちゃんと取り返してやったから、うん」

 萬次郎は、ここぞとばかりに美咲に恩を着せようと、偶然引ったくり犯が落として行ったバッグであるにも関わらず、さも自分が取り返したような表情で自慢げに笑った。
 しかし美咲は、そんな萬次郎に感謝するどころか、いきなり騒ぎ始めた。

「ノートとかペンとか、何か書く物ない?!私、あのバイクのナンバーを覚えてるの!早く何かにひかえて、忘れちゃう!」

 美咲は興奮げに足踏みしながら萬次郎を急かした。
 それに釣られて萬次郎も「えっ?えっ?書くもの?」と足踏みしながら、自分のポケットをパタパタと確認する。
 萬次郎の後ポケットには黒い手帳がスッポリと入っていた。萬次郎はすかさずそれを後ポケットから抜き取り、美咲がバッグから取り出した『眉書きペン』を受け取った。

「いい、言うわよ、ちゃんと書いてよ・・・練馬区・あ・64586・・・・もう一度最初から言うからね、練馬区・・・・」

 美咲がそう何度も呟いているうちに、萬次郎は、美咲に見られないようにしながらも、自分の頭に暗記していた美咲の免許証の個人情報を、忘れないうちにと先にガシガシと書いた。
 そして美咲の個人情報を手早く書き終えると、「えっ?もう一回言って?」と、美咲に聞き直しては、美咲の個人情報の下にバイクのナンバーをガシガシと書き殴ったのだった。

「大丈夫?ちゃんと書いた?」
 美咲がそう聞くと、萬次郎は、手帳を見られないように隠しながら「大丈夫。ちゃんと書いた」と頷いた。
 しかし、萬次郎がそこに書いたのは「練馬・あ」までであり、肝心の番号は書いていなかった。
 今の萬次郎はそれどころではなかったのだ。憧れのキャバ嬢の本名と住所が手に入った事で、もう完全に逆上せ上がってしまっていたのだ。

 萬次郎は、そんな美咲の大きな瞳を見つめながら(これでやっとこの女の住所がわかったぞ・・・今から徹底的にストーカーしてやるから覚悟してろよ・・・)と、細く微笑んでいると、美咲はバッグの中から携帯を取り出し、そのまま110番に電話を掛けた。

「あっ、もしもし警察ですか?今、新宿なんですけど、バイクのひったくりに遭ったんです!」
 美咲は、そんな萬次郎の企みにも気付かず、110番のおまわりさんに一生懸命事情を説明している。
 萬次郎はそんな美咲の、キッチリと化粧された美しい顔を見つめながら、さっそく今夜にもこの女のマンションに忍び込み、盗聴器と盗撮器をダブルセットで仕掛けてやるとワクワクしていた。

 と、その時だった。黒い手帳を持っていた萬次郎の手に、何やらモソモソとくすぐられるような不気味な感触が走った。

「えっ?・・・なに?」

 慌てて萬次郎が黒い手帳を持っていた手の平を見ると、なんと、そこにある黒い手帳がジワジワと消えて行くではないか。
「・・・嘘だろ・・・」
 萬次郎がそう呟きながら、手の平の上でみるみるとその身を消して行く黒い手帳を呆然と見つめていると、突然、横から美咲が「さっきのナンバー教えて」と口を挟んだ。

「えっ?・・・でも、ほら、これ・・・」
 怯えた萬次郎が半泣きの声で、消えて行く黒い手帳の手の平を美咲に見せつけると、突然、ジジッ!とタバコを押し付けられたような衝撃が手の平に走り、その瞬間、黒い手帳はパッ!と消えた。

「なにやってんのよ、早くさっきの番号教えてよ!」
 美咲は、110番に繋がったままの携帯を耳にあてながら、萬次郎をキッ!と睨む。
「いや・・・ダメだ・・・手帳が消えちゃったよ・・・」
 萬次郎が手の平を美咲に示しながらそう答えた瞬間、萬次郎の股間に強烈な痛みが走った。
「うっ!」と萬次郎が股間を押さえて踞ると、再び美咲は萬次郎の太ももをヒールの先で蹴飛ばした。

「っざけてんじゃねぇよ!早く番号教えろよ臭男!」
 美咲は携帯を耳に充てたままそう怒鳴ると、「本当に消えちゃったんだよぉ!」と泣き叫ぶ萬次郎を見下ろしながら、何度も何度も容赦なく蹴り続けたのだった。


―24―


 散々美咲に暴行を加えられた萬次郎は、やっとの事で美咲の元から逃げ出した。
 鼻血を出したまま区役所をグルリと一周逃げ回り、そして再び四季の道に繋がる細い路地に駆け込むと、とりあえず四季の道の中にある公衆便所に飛び込んだ。

 そこまではさすがの美咲も追っては来なかった。公衆便所の中で、美咲のヒールが聞こえて来ない事を確認した萬次郎は、そこで初めてホっと肩を撫で下ろしたのだった。

(しかし・・・どーして手帳は消えてしまったんだろう・・・)

 萬次郎はもう一度、黒い手帳が消えて行った手の平をジッと見つめた。
 萬次郎は手の平を見つめながらもあれこれと考えてはいたが、しかし、そんな不思議な出来事の原因が萬次郎にわかるはずがない。
 そこでふと萬次郎は思った。もしかしたら、またあの場所に黒い手帳が置いてあるのかも知れない・・・しかも、新品のままで・・・・
 その可能性を信じた萬次郎は、便器の横に転がっているウンコだらけの週刊誌を踏みしめながら、急いで公衆便所を飛び出したのだった。

 その場所は、公衆便所から歩いて1分も掛からない場所だった。
 あの時と同じように萬次郎は四季の道の隅にしゃがむと、歩道の脇に植えられている樹木の下をゴソゴソと覗き始めた。

(確かあの時、ここにあの手帳は置いてあったはずだ・・・)
 そう思いながら、萬次郎は、樹木の下をジッと覗きながら、ゆっくりと足を進めて行った。
 しばらく樹木の下を覗きながら進むと、いきなり樹木の下にジッと潜んでいたホームレスと目が合った。
 驚いた萬次郎が、おもわず「うわあ!」と仰け反ると、そのホームレスはそんな萬次郎をジーっと見つめながら薮の中から這い出して来たのだった。

「兄ちゃん・・・もしかして・・・黒い手帳をお探しかい・・・」

 ホームレスは萬次郎にそう言いながら、ゆっくりと歩道の脇の縁石に腰を下ろした。
「えっ?・・・あの黒い手帳の事、御存知なんですか?」
 萬次郎は驚きながら急いでホームレスの隣に座った。しかし、上座のホームレスからは腐ったカニ缶のニオイが漂って来たため、萬次郎は慌てて上座に座り直した。
 ホームレスは、そんな萬次郎をジトッと見直すと、「やっぱりな・・・」と、髭だらけの口元をモグモグさせながらニヤリと笑った。

「やっぱりなって・・・どういうことですか?」
 萬次郎が不思議そうな表情をしながらホームレスにそう聞き直すと、ホームレスは「とりあえず1本くれよ」と、ゴリラのように真っ黒な指を二本突き出したのだった。

「つまりよ、あの手帳はよ、逆立ちしたってオンナにモテねぇタイプの醜男にしか手に入らねぇっつー事よ・・・」

 ホームレスはそう言いながらタバコを美味そうに吸うと、ケケケケっと不気味な声で笑いながら、抜けた歯の間から煙を吐き出した。
「逆立ちしたってオンナにモテない醜男・・・・」
 萬次郎が復唱すると、ホームレスは「そう、おめぇさん見てぇなヤツのことだよ」と、またケケケケっと笑った。
 萬次郎は、おまえに笑われる筋合いはない、と言いそうになりながらも、このホームレスは黒い手帳の秘密を知っている重要人物なんだと、慎重に言葉を進めた。

「あの手帳は、いったい誰がくれるんですか?・・・」
 萬次郎はホームレスの気分を損なわないようにと、穏やかな言葉使いで、わざと笑みなどを浮かべながら聞いた。
「そいつぁ、俺にもわかんねぇ。誰が誰にあの手帳を渡すかなんてのはわかんねぇ。ただよ、これだけは言えるんだけんど、あの手帳は、オンナにモテねぇ不細工な男にしか手に入らねぇんだな・・・おめぇさんとか俺みてぇなヤツにしかな・・・」
「じゃあ、おじさんも、あの手帳を持っていたんですね?」
 萬次郎が尋ねると、ホームレスは「あぁ」と小さく頷き、そして煙たそうにタバコの煙を吐いたのだった。

 辺りを真っ赤に染めていた夕日が潜むと、薄暗い四季の道にポワっと街灯が点き始めた。これから歌舞伎町に繰り出そうとする浮き足立ったサラリーマン達が細い路地に溢れ、革靴の底がカツコツと鳴り響く音が歩道の隅にしゃがんでいる萬次郎達を包み込んだ。

「俺があの手帳を手に入れたのは今から1年程前だったかな・・・やっぱりこの場所で拾ったんだ」
 ホームレスはそう語り始めると、ポケットからクシャクシャになった食べかけのクリームパンを取り出し、それをムングっと頬張った。そんなパンの中のクリームはカチカチに固まっていた。
「俺ぁ、あの手帳を手に入れてよ、最初何が何だかわかんなかったけど、とりあえずそこに書いてある女の所に行ったんだ。そして、そいつに、そこに書いてある暗号を聞いたんだ・・・」
「・・・どうなりましたか?・・・」
 萬次郎は興味深くホームレスの顔を覗き込んだ。

「・・・スゲェ事になっちまったよ・・・そいつぁビックリするくれぇのイイ女だったんだけどよ、三丁目の歩道で暗号言ったのが悪かったんだな・・・、俺ぁ、たちまちその女にビルの路地裏に連れ込まれちまってよ、そこでケモノみてぇにな・・・・」
 ホームレスは、しんみりとした表情でそう頷いた。
 そんなホームレスを見つめながら、萬次郎は、ビルの谷間で獣のように交わる、びっくりするくらいのイイ女とこの薄汚いホームレスの交尾を想像し、不意に胸の奥をムラムラっと騒がせた。

「それで気付いたんだよ。この手帳に書いてある女達はヤリ放題だってことにな・・・」
 ホームレスはそう呟きながら、小さくなったクリームパンを口に放り込もうとして手を止め、チラッと萬次郎を見ると「喰うか?」とパンを差し出した。
 萬次郎は「いえ・・・」と断りながら、「手帳の女、全員、ヤリまくったんですか?」と話しを急がせた。
「あぁ。ヤッた。ヤッてヤッてヤリまくってやった。電車ん中、図書館、駅のベンチ、路上と、犬みてぇにそこら中でヤリまくったよ。うん。そりゃあよ、相手は俺なんかにゃ近寄れねぇような美人ばっかりだろ、そりゃあ天国みてぇな気分だったよ・・・」
 ホームレスは左手に付けていたボロボロの軍手を右手の指で弄りながら、嬉しそうにへへへへへっと笑った。

「・・・で、全員ヤったら、手帳が消えちゃったんですか?・・・」
 萬次郎は、この男の性武勇伝が聞きたいのではなく、どうして手帳が消え、そしてその手帳は今どこにあるのかを知りたいのだ。だから、話しのその先をどんどんと急かせた。
「いや・・・全員ヤってねぇよ・・・途中で消えちまった」
「じゃあ、僕と一緒だ・・・。ねぇ、おじさん、手帳が消えたときの事を詳しく教えてよ」
「詳しくっつっても・・・ただ、いきなりパッっと消えちまったんだ・・・」

「消える前に何かあったでしょ?・・・例えば、手帳に落書きしたとか・・・」

 萬次郎は、手帳が消えたのは、ひったくりバイクのナンバーや美咲の個人情報を書き込んだ事が原因だと思っていた。だから、このホームレスも同じようにそこに何かを書き込んだのではないかと思ったのだ。
「あぁ。書き込んだよ・・・書いたら、ものの5分もしねぇうちにパッと消えちまったよ」
「そこに何を書き込んだんですか?」
「何って・・・そりゃあ俺がヤリてぇ女の名前に決まってんじゃねぇか・・・」

「ヤリたい女の名前?!」

 萬次郎はおもわず叫んでしまった。萬次郎のその声に、四季の道を横切ろうとしていた野良猫がピタリと足を止め、萬次郎をジッと見つめながら「ニャ~ゴ」と不気味に唸った。
「おまえさん・・・もしかしてあの手帳の使い方を知らねぇのに、何か書き込んじまったのか?・・・」
 絶句している萬次郎の顔を、ホームレスがそう言いながら覗き込む。

「いるんだよなぁ、おまえさんみたいな馬鹿が・・・何も知らずに手帳に書き込んじまうヤツがよ・・・確か、何も知らずに、7才か8才の自分の娘の名前をついつい書き込んじまったヤツがいたなぁ・・・あいつ、誰かが娘に暗号言わねぇかって、四六時中、包丁片手に娘に張り付いてんだ。気の毒なヤツだよ。まぁ、そー言う俺もここんとこあいつに斬られたんだけどな・・・」

 ホームレスはそう言いながら作業服の左腕をまくり、15センチ程の無惨な斬られ傷を見せた。
 それは、手帳に書いてあった井上瑠璃という10才の少女の事だろうと、萬次郎はホームレスのその傷を見ながら、あの少女に近寄らなくて正解だったと肩を撫で下ろした。
 そして、気を取り直してホームレスの顔を見上げると、「あの手帳に名前を書き込むと、その人とできるんですか?」と聞いた。

「そうだ。あの手帳っつーのは、元々それが目的の手帳らしいんだな。うん。つまり、モテない男がよ、ヤリたくてもヤれねぇ女の名前を手帳に書き込むと、不思議な魔力によってヤらせてもらえるっつー、いわば、醜男にはありがたいサプライズな手帳っつうわけよ」

「・・・・・・・・・・」

「ただし、1発だけだ。たった1発しかできねぇんだ。身体は自由に出来ても心までは自由に出来ねぇっつーんだな・・・だから恋人にしたり結婚したりってのは無理。たった2時間ぽっちの1発だけなんてよ、モテない男にすりゃあ、逆に、切ねぇ事だよなぁ・・・・」
 ホームレスは、詩人のような目をして新宿の夜空を見上げる。そしてボンヤリと夜空を見つめながら話しを続けた。

「しかもよ・・・そこに名前を書いた女と1発できるのは自分だけじゃないってのが辛いよな・・・暗号を知ってる男なら誰でもデキちゃうんだもんな・・・惚れた女がそこらじゅうの男達にヤられるなんて、残酷な手帳だぜ、まったく・・・」
 ホームレスは吐き捨てるようにそう呟くと、座っていた縁石の上をチロチロと這い回る蟻を、指先でブチッと潰した。

「おじさんは、誰の名前を書いたんですか?・・・」
 萬次郎は、そんな淋しそうなホームレスを優しく見つめながら聞いた。
「・・・俺ぁよぉ・・・女房だよ・・・別れた女房。どうしても、あいつともう1度ヤリたくってよ・・・ついついあいつの名前を書いちまった・・・」
 ホームレスはそう呟きながら再び蟻を2、3匹一気に潰すと、「でもよぉ」と話しを続けた。

「俺ぁ馬鹿だからよ、暗号を忘れちまったらいけねぇと思って、簡単な暗号にしちまったんだよ・・・」

「なんて暗号ですか?」

「・・・『母ちゃん』だよ・・・」

 ホームレスはぐったりと項垂れながら呟いた。

 その暗号を聞くなり、萬次郎の頭に、かまぼこ工場で働いていた『まったくソソらない醜熟発酵ウシ女』が瞬間に浮かび上がった。
「あぁ、あのかまぼこ工場の・・・」
 そう萬次郎が頷いた瞬間、いきなりホームレスが萬次郎の胸ぐらに掴み掛かり、「ヤったのかテメー!うちの母ちゃんとヤッたんだなテメー!」と、気が狂ったかのように叫びまくった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!僕はあの人とはヤってませんよ!心配しないで下さい、僕はただあの人をかまぼこ工場まで見に行っただけですから!」

 萬次郎は必死でそう叫びながら、ホームレスの異常な嫉妬心から沸き上がる馬鹿力から、なんとか擦り抜けた。
「ほ、本当にヤってねぇんだな・・・・」
 ホームレスは肩を激しくハァハァさせながら萬次郎を睨む。四季の道を歩いていた通行人達が、そんな、興奮するホームレスから避けるようにして慌てて通り過ぎて行った。

 しばらくして、やっと興奮が冷めて来たホームレスに萬次郎がタバコを1本勧めると、ホームレスは小さな声で「悪りぃな・・・」と呟きながら、申し訳なさそうにタバコを抜き取った。
 そして、『スナック栗の木』と書かれた百円ライターでジュっと火を付けると、深く吸い込んだ煙をうまそうにゆっくりと吐きながら「俺が馬鹿だったんだよ・・・あんな簡単な暗号付けちまったからよ・・・」とポツリポツリと話し始めたのだった。

「俺んちはよ、近所でも有名な大家族なんだ。6男2女。へへへ、すげぇだろ。上の長男が今年大学生でよ、後は高校生もいればニートなんてヤツもいる。一番下のガキはよ、俺があいつに捨てられる時にあいつの腹ん中にいたガキだよ。俺ぁそのガキの顔も見た事ねぇ・・・」

 ホームレスは深い溜息をつきながら、大きな鼻の穴から煙を吐き出した。

「俺が手帳にあいつの名前を書き込むと、久しぶりの我家へと向かったよ。電車賃もバス賃もねぇからよ、新宿から足立までトボトボと歩いて行ったさ。でもよ、久しぶりに母ちゃんを抱けるかと思ったら嬉しくってな、そんな果てしない道のりも何の苦労もなかったさ・・・」

 ホームレスは、トボトボと歩いた道のりを懐かしむかのようにゆっくりと夜空を見上げ、穏やかな表情で新宿の星を眺めていた。しかし、そんなホームレスの表情が、一瞬、キュッと険しくなった。
 ホームレスはキラキラと輝く星を、まるで親の仇を見るかのような険しい目付きで突然睨み始めると、ワナワナと肩を震えさせながらゆっくりと言葉を続けた。

「・・・でもよ・・・久しぶりの我家に帰ってみたら・・・すげぇ事になってたよ・・・俺ぁ、中庭に忍び込み、ソッと居間を覗いたんだけどな、そこにはよ、素っ裸の子供達と母ちゃんがケモノみてぇに交わっていたんだ・・・」

 おもわず萬次郎が「ぷっ」と噴き出す。
「おもしれぇか?」
 ホームレスが、どんよりと座った目で萬次郎をスッと見た。
 そして、慌てて首を横に振る萬次郎を見ながら、「おもしれぇよな・・・いいよ、笑いたきゃ笑えよ・・・」と呟きながら、自分もケラケラと笑い出した。

「ウチは大家族だからな。ガキ共が、いつも家ん中で『母ちゃん!母ちゃん!』って叫んでんだよ。その度に催眠術に掛かっちまう母ちゃんはよ、慌てて服脱いで、息子のチンポをしゃぶるは、娘のマンコに指入れるはでよ、もう大変な事になっちまったんだ」

 ホームレスはヤケクソのように自分の膝をパンパンと叩きながら大笑いすると、「しかもよ、あの辺は下町だろ、だから近所のオッサン達なんかもウチの母ちゃんの事を、気やすく『母ちゃん』なんて呼ぶんだよ、だからもうあいつは道端でも近所のスーパーでも『母ちゃん』って呼ばれると、素っ裸になってオッサン達を追い回すんだな、だからあいつはそのたんびに何度も何度も精神病院にぶち込まれてよ、本当、馬鹿だよな俺って・・・」と、そう一気に話しては、そして遂に泣き出した。

 萬次郎は、そう号泣し始めたホームレスを、それ以上見てられなかった。
 なんという気の毒な人なんだ・・・
 そう思いながら、萬次郎はポケットの中からタバコの箱を取り出すと、それをホームレスの足下にソッと置き、そのまま静かに立ち上がった。
 ホームレスの泣き声なのか呻き声なのかわからない不気味な声を背後に、萬次郎がゆっくりとその場を立ち去ろうとすると、ふいにホームレスが「おい・・・」と萬次郎を呼び止めた。
 振り向くと、ホームレスは無精髭に鼻水を垂らしたまま、淋しそうにジッと萬次郎を見つめている。

「おまえさんも、俺みてぇな失敗をするんじゃねぇぞ・・・」
 ホームレスは、優しそうな目で萬次郎を見つめながら呟いた。
「・・・うん。ありがとう・・・」
 そう頷いて、歩き出そうとすると、ホームレスは再び萬次郎を呼び止めた。
「ちなみに聞いておくが・・・おまえさん、あの手帳に何を書いたんだ・・・」
 ホームレスは心配そうに萬次郎の顔を覗き込みながら聞いた。
「名前と・・・住所・・・」
「誰の?」
「うん・・・すぐそこの角のビルの中にあるアマールってキャバクラがあるんだけど、そこの美咲ちゃんって子の本名と住所を書いた・・・」
「本当に名前と住所だけか?まさかおめぇ、暗号なんて書いてないだろうな・・・」
「暗号までは書いてないけど・・・」と、萬次郎は答えた瞬間、美咲の本名の下にバイクのナンバープレートを書いたのを不意に思い出した。

「な、なんだよその顔は、やっぱり暗号書いたのか?書いたんだな?書いたんだろ?」
 ホームレスは心配そうな顔をして立ち上がった。
「暗号と言うか・・・名前と住所の下に、バイクのナンバーを・・・」
 萬次郎はオロオロになった。大好きな美咲が不特定多数の男達の餌食になってしまったらどうしよう!と、頭の中がパニック状態になってしまったのだ。

「バカ野郎め!取り返しのつかねぇ事しやがって!で、いったい何て書いたんだ!」
 ホームレスが叫ぶ。
「は、はい、確か、『練馬・あ』と・・・」
「それだけか!番号は!」

「はい!『練馬・あ』しか書いてません!」

 萬次郎がそう答えるなり、ホームレスは縁石に置いてあったタバコの箱を鷲掴みにすると、いきなり四季の道を走り出した。
「えっ?・・・ちょっとおじさん!」
 何が何だかわからなくなった萬次郎が、そんなホームレスの走り去って行く背中に慌てて呼びかけると、四季の道の遠くの方から、走り去って行くホームレスの声が響いて来た。

「バーカ!」

 ホームレスのそう叫ぶ声と共に、ホームレスがケケケケケケっと笑う声が聞こえて来た。
「・・・・バ・・・カ?・・・・」
 萬次郎は、そんなホームレスの小さくなって行く背中を見つめながら、その言葉を繰り返すようにポツリと呟き、そしてやっと、暗号を知ったあのホームレスが美咲の身体を狙っている事に気がついた。

「こ、この野郎!待てぇ!」
 慌てて走り出す萬次郎。しかし、ホームレスの姿は、雑踏とした歌舞伎町のネオンの中へと消えて行ってしまったのだった。


―25―


「テメェ、また来やがったな!この辺、ウロウロすんなって言っただろうが!」
 キャバクラ・アマールのビルの前に行くと、アマールの呼び込みをしていた店員が萬次郎に向かってそう叫び、そして銜えていたタバコを萬次郎に投げつけた。

 夜の歌舞伎町の歩道に、パッ!とタバコの火の粉が舞い散り、通りかかった花屋のおばさんが慌てて萬次郎から遠離った。

「おまえさぁ、何度言ったらわかるんだよ。美咲さん、おまえのストーカーに怖がっちゃってよ、最近は欠勤なんかも多くなっちゃってよ、おかげでウチの店は大損害だよ、わかってんのかテメーはよぉ、おお!」
 萬次郎がこの店に通っていた頃、俺は元暴走族だったんだと威張っていた店員は、まるでチンピラがケンカをふっかけて来るかのような口調で、萬次郎に迫って来た。

「違うんですよ、待って下さいよ、あのね、本当に美咲さんは狙われているんですって・・・」
 迫って来る店員に、萬次郎がそう言いながら後ずさりすると、「誰に狙われてるっつーんだよ、おお!」と、店員は叫びながら、萬次郎の太ももにガシガシと小さく蹴りを入れて来た。
「ホームレスです!四季の道にいる中年のホームレスが美咲さんを狙ってるんですよ!本当なんですって!信じて下さいよ!」
 後ずさりしながらも、両手で拝みながらそう叫ぶ萬次郎は、そのまま歩道の隅に追いやられ、そして歩道の縁石に蹴躓いては、そのまま車道へひっくり返った。
 車道にひっくり返った萬次郎にタクシーがけたたましいクラクションを鳴らし、近くを歩いていたホスト少年達が指をさして笑い出した。

 そんなギャラリー達に自分の怖さを誇示するかのように、元暴走族の店員は車道にひっくり返った萬次郎をドスっ!と蹴飛ばし、「今度ウチの店の回りをウロウロしてたらぶっ殺すぞ!」と、古い東映の映画のような捨て台詞を残して、ノソノソとビルに戻って行ったのだった。

(こいつらに、黒い手帳の事をいくら説明したってわかるわけないよな・・・)

 そんな店員の後ろ姿を見つめながらそう思った萬次郎は、再びタクシーからけたたましいクラクションを鳴らされ、ついでに「早くどけ!轢き殺すぞブタ!」と運転手に怒鳴られたのだった。

 萬次郎は、店員に蹴飛ばされた横っ腹を労りながら、とりあえずいつものバッティングセンターの駐車場に潜伏した。
 この駐車場の暗闇は、ネオンきらめく世界一の歓楽街・歌舞伎町で、唯一萬次郎が安心できる場所だった。
 萬次郎はそんな暗闇に隠れながら、店から出て来る美咲をジッと待ったのだった。
 バッティングセンターの駐車場で美咲を見守る、そんな夜がここ1週間続いていた。
 しかし、この1週間、れいのホームレスが動いた形跡はなかった。この1週間、仕事を休んでは美咲の傍を一時も離れずに、まるで美咲の守護神のような生活をしている萬次郎だったが、まだ一度もホームレスを目撃していない。

(あの糞ジジイ・・・あいつだけには絶対に美咲を渡さないからな・・・)

 暗闇の萬次郎は、そんな執念をギラギラと両目に宿しながら、駐車場から見えるアマールのビルをジッと見つめていたのだった。
 そうやって1時間が過ぎた頃、駐車場の真正面にある細い路地の大きなビルから、足下を振らつかせる酔っぱらい女と、でっぷりと太ったカッパハゲのオヤジが出て来たのが見えた。

(ふん・・・あんなになるまで酔っぱらいやがって・・・あの酔っぱらい娘、今からあのカッパハゲにズッボズボに犯されちゃうんだろうな・・・)

 駐車場の暗闇に潜んでいた萬次郎は、そんな嫉妬を含んだ目で2人を見つめ、こんなヤツラは日本の為にならないから即刻殺すべきだ!などと、勝手な事をブツブツと呟いていた。
 と、その時、萬次郎は、そのフラフラと酔っぱらった女に見覚えがある事に気付いた。

(あの娘・・・誰だっけ?・・・)

 駐車場に止めてある車の影からソッと顔を覗かせては、そのフラフラの女をジッと見つめる萬次郎の目に、ふいに、2人が出て来たビルの看板が飛び込んで来た。
「カラオケ大統領・・・・」
 ポツリと看板を読んだ萬次郎は、「あっ!」とおもわず叫んでしまった。
 そう、そこをフラフラと歩いているその少女は、紛れもなく一番最初に催眠術をかけた、あずみちゃんに間違いないのだ。

 興奮する萬次郎は、夢遊病者のようにフラフラと歩くあずみのその歩き方と、そして、どー見てもあずみとは不釣り合いな薄汚いカッパハゲのオヤジを見つめながら、やっと事態が読み込めた。
 あずみはあのカッパハゲに催眠術をかけられているのだ。
 そう確信した萬次郎は、カッパハゲに誘導されながら、フラフラと暗い細道に入って行くあずみの後を追った。カッパハゲがあずみに催眠術をかけたと言う事は、あのカッパハゲが黒い手帳を持っているに違いないのだ。

(あいつから手帳を奪い取ってやる・・・そして、僕が書き込んだ美咲の名前を消去してやるんだ・・・)
 そう意気込む萬次郎は、バッティングセンターの駐車場を抜け出すと、前を歩くカッパハゲに気付かれぬくらいの距離を保ちながら、2人の後をソッと尾行したのだった。

つづく

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