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鬼と悪魔と妖怪と1

2012/05/19 Sat 02:10

鬼と悪魔と妖怪と1




善か悪かと言われれば近田先輩は明らかに前者だった。
肉体労働者のようなゴツい体型をしながらも、その体型に似合わぬ小動物的な幼い顔は正に昭和のアニメキャラで、そのドジで、人懐っこくて、いつでも笑顔の絶やさない明るい彼は、まるで誰とでも仲良くなれるムツゴロウのような男だった。

近田先輩と僕は、同じ特別養護老人ホームで働いていた。
介護福祉士の資格を持つ近田先輩は、僕より五つ年上の三十一才で、まだ介護士として新人の僕に何かと指導してくれた。
先日も、「ウチに帰る」と泣いて暴れるお婆ちゃんにほとほと困り果てていると、ヘルプに現れた近田先輩がものの数秒でお婆ちゃんをあやしてしまい、僕を酷く驚かせた。
「愛ですよ、愛。介護の仕事は愛と優しささえあれば必ず成功します」
そう笑う近田先輩は、決して威張らずどこまでも謙虚だった。
そんな近田先輩を、僕は先輩としてだけではなく人間として心から尊敬していたのだった。

そんなある時、区内の老人ホームが集まった合同忘年会が区民ホールで開かれた。
その二次会を抜け出した僕と近田先輩は、そのまま夜の新宿へと繰り出し、先輩の行きつけの居酒屋の座敷で『未来の老人介護』について熱く語りながら酒を飲んだ。
気が付くと二時を過ぎていた。
終電を逃した先輩は、このままネットカフェで夜を明かすと言うが、しかし、酔った先輩をそんな所に置いて行くわけにもいかず、僕は先輩を恵美のマンションに連れて行く事にしたのだった。

その頃の僕は、恵美のマンションと実家を行ったり来たりしていた。
恵美と僕は大学時代から交際している仲で、来月の恵美の二十六才の誕生日を機に婚約する予定だった。
恵美は、バカが付く程に真面目な女で、そのせいか中学校の教員という糞真面目な職業が妙に板についていた。
そんな恵美のマンションに、深夜、酔った先輩を連れて行った。
当然、恵美は寝ていた。パジャマ姿で玄関に出て来た恵美は、酔っぱらった先輩を見て酷く困惑した。
しかし、「すみません、すみません」と必死に頭を下げる先輩を見て、その誠意が通じたのか、それまで困惑していた恵美の頬は次第に綻び、先輩をリビングのソフアーで寝てもらう事の了承を快く得たのだった。
この時僕は、近田先輩が発する不思議なパワーは、犬や子供や老人だけでなく若い女にも通用するのだと、つくづく思い知らされたのであった。

そんな事があってから、僕と先輩は恵美のマンションで飲む事が頻繁になった。
マンションに行く時の先輩は、恵美へのプレゼントを忘れなかった。それは、たこ焼きであったり、ミスドであったりと、たわいもないモノではあったが、しかしそんなモノでも、いつもそれを貰う時の恵美は飛び跳ねるように喜んでいた。
そして、酒を飲んでいる時も、先輩は恵美への気配りを忘れてはいない。
「恵美さんのような綺麗な先生に教えてもらえる生徒さんって、本当に幸せ者だなぁ」
そんなお世辞は、ホームで老人達をあやす時の口調と同じで、案の定、それを聞かされた時の恵美も老人達と同様、先輩のこのお世辞に気分を良くしていた。

しかし、それは満更お世辞とは言えなかった。
確かに恵美は綺麗な女性だった。
教師という職業柄、ファッションもヘアースタイルも地味で、いつもほとんど化粧をしていない状態だったが、しかし、その整った顔とスレンダーなスタイルには、そんな地味さ加減が『清楚な女』として映し出されていた。
実際、恵美は清楚な女だった。
両親は共に教員で、祖父は高等裁判所の判事をしていた。祖母は近所の子供達を集めた習字塾を開き、三つ上の姉は世界的に有名な考古学者の助手として、現在はエジプトに滞在していた。
そんな家庭で育てられた恵美には、濁った部分が一点もなかった。
もちろん、僕が初めての男であり、学生時代には男子と交際すらしたことがなかった。

恵美は、外見も育ちも性格も、全てにおいて『清楚な女』としてパーフェクトだったが、しかし、婚約者の僕としてはあまり清楚すぎるというのも、少々面白みに欠けていた。
というのは、あまりにもセックスが単純すぎるのだ。
つまり、ベッドに入って電気を消して、真っ暗闇の中をゴソゴソと蠢いては、そそくさとコンドームの中に欲望を放出するといった、実に単純なセックスしかさせてもらえないのである。
僕としては、この清楚な女の陰部を明るい電灯の下でマジマジと見てみたかったし、世間一般に行なわれているような、フェラやバックというプレイもしてみたかった。もちろん、何度か恵美の性器を舐めようと試みたりした事はあるが、しかし、その度に恵美はメソメソと泣き出し、次第に足をバタバタとさせては激しく抵抗し始め、挙げ句の果てには僕を変態呼ばわりしては「お互いに距離を置きましょう」などと言って来る始末で、結局僕は一度も恵美の性器を見た事も舐めた事もなかったのだった。
僕にとって恵美の性器を舐めるという行為は、針の穴をくぐるほどに難しい事であり,まして僕の性器を恵美に舐めさせるなど天地がひっくり返ってもありえない事だった。
だから清楚な女というのは、傍目には良いかも知れないが、その部分においては婚約者としては不満だらけだった。
今まで、僕は何度、恵美の性器をベロベロと舐めるシーンを想像しては自分を汚したかわからない。ネットのアダルト動画に映る卑猥な女たちを恵美の姿に置き換え、淫らな妄想を繰り広げては、何度、PCの画面に精液を飛ばしたかわからない。
そうやって自分で自分を汚しながらも、僕は、それもこれも結婚するまでの我慢だと自分に言い聞かせ、その欲求をひたすら抑えていたのだった。

恵美のマンションで先輩と飲む時は、いつも恵美も同席していた。
恵美は酒を一滴も飲まないが、いつも僕の隣で先輩の流暢なトークを楽しそうに聞いていた。
そんな恵美と先輩は、まるで古くからの友人のようにすっかり打ち解けていた。三人で居ても、そこに飛び交う会話はほとんどが恵美と先輩のものばかりで、話しに加われない僕は一人ポツンと除け者にされていた。
しかし、不思議な事にそこに嫉妬は生まれなかった。
それはきっと、僕が先輩の人柄を愛し、そして恵美を信用しているからであり、この二人に限って間違いは起きないだろうと安心していたからだ。
もちろん、美人の恵美が、この醜男の先輩を男としてみるとは到底考えられず、そんなところが僕をより安心させていたのかも知れない。

しかしある夜、突然不安に襲われた。
先輩とて男だ。しかも三十を過ぎた独身で、彼女すらいないのだ。
いくらムツゴロウのような温厚な性格とはいえ、先輩にもそれなりの性欲はあるはずであり、そんな欲求不満の先輩が、この綺麗な恵美を前にしてセックスを想像しないわけがないのだ。

そんな不安に駆られた僕は、さっそくその夜、恵美の体を求めた。
先輩ばかり見ている恵美に、婚約者という僕の存在を、今一度知らしめておかなければならないと、ふと思ったからだ。
しかし、そんな僕に慌てて寝返りを打った恵美は、背中を向けたまま、小さな声で「どうして……」と呟いた。
「何が?」と聞き返しながら、恵美の細い後ろ姿にソッと寄添った。
「どうしてわざわざこんな時に……リビングで近田さんが寝てるじゃない……」
そう恵美が呟きながら、首筋を撫でていた僕の指を毛嫌いするように振り払うと、ふいに恵美の髪から地味なシャンプーの香りが漂って来た。あくまでも『エコ』にこだわっている真面目な恵美は、環境に優しいシャンプーしか使わないのだのだ。
そんな安物の香りが漂う恵美の首筋にソッと唇を押し付けながら、スレンダーな背中にポコンっと突き出している小さな尻を優しく撫でた。
「いいじゃないか……先輩はもう寝てるよ……」
そう囁きながらパジャマのズボンの中に指を忍び込ませ、木綿のパンティーの上から尻の谷間をスリスリと擦った。
するといきなり恵美が飛び起きた。
「そういうの絶対に嫌!」
恵美が腹の底から汚いモノを吐き捨てるかのように叫んだ。
そんな恵美の目には、セックスは不浄なものなんだと訴えるどこかの宗教家の、あの狂気じみた目と同じ輝きが、メラメラと揺らいでいたのだった。

それからというもの、恵美はセックスを一切拒んだ。
先輩が泊まりに来ている夜に求めた事が、これほどまでに尾を引くとは思わなかった。
僕が求める度に、「今はまだそんな気分になれないの」と、脅えながら背を向ける恵美は、まるで強姦されたトラウマから、いつしか男性恐怖症に陥ってしまった女子高生のようだった。

婚約前に早くもセックスレスとなってしまった僕は、しばらくの間、恵美のマンションには行かないほうが良いのではないかという結論に達した。
ほとぼりが冷めるまでソッとしておけば、きっと時が解決してくれるはずだと、僕はそう思っていた。
恵美と距離を置くようになってから一ヶ月が過ぎた。その間、恵美とは電話で話すものの、マンションには一度も行かなかった。
気が狂いそうな程に恵美に会いたかった。

ある時、そんな僕の様子に何かを察したのか、突然先輩が僕を飲みに誘った。
いつもの居酒屋で僕は浴びるように生ビールを飲んだ。
三杯目の生ビールを飲み干した時、先輩が時を見計らったかのように聞いて来た。
「恵美さんと喧嘩でもしたんですか?」
そう優しく微笑みながら、僕の四杯目の生ビールを注文する先輩を見て、不意に僕は怒りを感じた。
(全てあんたのせいだ……)
そう先輩に八つ当たりしていた僕は、すっかり悪酔いしてしまっていたのだった。


ふと気が付くと、石鹸の香りを含んだ重苦しい湿気が僕を包み込んでいた。
頭がガンガンと痛み、体はぴくりとも動かず、かろうじて瞼を開けるのがやっとだった。
石鹸の香りの中に微かな生臭さを感じた。それはまるで動物園の爬虫類コーナーに溢れているような不潔な湿気であり、その湿気に吐き気を感じた僕は、おもわず息を止めていた。
視点の合わない僕の目に、妙に古臭い派手なカーテンの柄がぼんやりと映っていた。
そのカーテンの回りには、もやもやとした白い湯気が立ち上り、その湯気の中を、醜く太った裸の男達がのそのそと歩き回っていた。
(これは夢か?……)
朦朧とする意識の片隅でそう思った瞬間、ふとそこに流れているBGMがおニャン子クラブの『セーラー服を脱がさないで』だと言う事に気付き、そのリアルな音質と、この鼻につく煙草の匂いは現実だと確信した。
生臭い湿気と古臭いカーテンの柄とひと昔前の流行歌。
そんな奇妙な部屋の中を行ったり来たりと歩き回る裸の男達の手には縄や棍棒のような物が握られており、この異様な光景に、僕は身震いする程の狂気を感じた。
なぜ自分がこんな場所にいるのだろうかと思う前に、自分はこの裸の男達に殺されるのかもしれないという恐怖が先立ち、一瞬にして全身の産毛が逆立った。
と、その時、どこか聞き覚えのある声が耳に飛び込んで来た。
「ほら、ちゃんと金玉の裏まで舐めるんだ……おぉ……そうだそうだ、そうやってもっと舌をチロチロと動かすんだ……」
僕は耳を疑った。
そう、その声は、明らかに近田先輩の声だった。
それは、老人ホームで老人たちと接する時と変わらぬ、いつもの穏やかな口調だった。

カラカラに乾いた喉に唾液を押し込みながら、声が聞こえて来た方向へ恐る恐る視線を移した。
煙草の煙が立ちこめる部屋の奥に、大きなベッドがあるのが見えた。
そのベッドの上には、恐ろしげな器具で拘束された全裸の女が、まるでカエルの死骸のような体勢でぐったりしている。
そんな女をニヤニヤしながら見下ろす全裸の男はまさしく先輩だった。
先輩のその狂気に満ちた表情は、あの動物達と戯れる時のムツゴロウのような温厚な先輩からはとても想像のできない、実に荒んだ形相をしていたのだった。

(つづく)

《←目次》《2話へ続く→》

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