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青春の罰ゲーム12

2012/11/23 Fri 13:03




「で、千葉には帰って来ないでこのまま東京で就職するのかい?」

 台所のテーブルの上に、ドンっ! とキュウリの漬物を置いた雄太の母は、そこでアイスコーヒーを飲んでいた雄太にそう聞くと、すかさずテーブルの隅にくっついていた米粒をプツプツと指で摘んではそれを一粒一粒口に運んだ。

「だから、そういう事するなって、汚ねぇだろ」

 雄太が顔を顰めると、母は「あら、これ、お爺ちゃんがお昼に食べてたごはんだから汚くないわよ」と言いながら、更にぷつぷつとそれを摘んでは食べた。

「だから……」と言おうとした雄太だったが、しかし、もうどうでもいいや、と思い、黙ってアイスコーヒーをズズズッと啜った。

「これ食べてみてよ。裏の佐伯さんとこが漬けたのよ」

 雄太の母は、今度はキュウリの漬物を指で摘み上げると、それをポイッと口の中に放り込み、カリッコリッポリッ、と奇妙な音を立てながら雄太の顔を覗き込んで来た。
 アイスコーヒーとキュウリの漬物……
 そう呟いた雄太は、残っていたアイスコーヒーを一気に飲み干し、次々にキュウリの漬物をパリポリと齧り始める母を横目に、黙って二階の自室へと立った。
 階段を上っていると、台所から「髪の毛を切りましょう!」という母の声が聞こえてきた。
 大学四年生になった雄太はロン毛だった。


 四年ぶりの実家は何も変わっていなかった。子供の頃から自分の母親はどこかおかしいと思っていたが、久しぶりに母の奇行を目にして、やはりそれは間違っていなかったと改めて確信した。
 自室の襖をザザッと開けると昔と同じ匂いがした。窓からは隣の家の物干し台が見えた。バリバリに割れたプラスチックトタンの屋根と、そこに放置されている、赤錆だらけの『ぶら下がり健康器』も四年前と何も変わっていなかった。
 窓を開け、裏の路地を見た。薄汚れた木造アパートと廃車ばかりが積み重ねられている板金工場。
 母の奇行も変わっていなかったが、この町も全然変わっていなかった。中学生の時にスプレーで書いた電信柱の卑猥な落書きも、そっくりそのまま残っていた。
 しかし、母や町は何も変わっていなかったが、あの事件以降、友達は随分と変わってしまっていた。

 五年前のあの事件は、『銭湯の男湯で女子高生が監禁レイプ』という見出しで、新聞、週刊誌、そして全国放送のニュースでも報道された。
 まるでAVのようなこの事件にマスコミは狂喜乱舞し、銭湯には連日のようにマスコミ関係者が詰めかけていた。
 特にネットは酷く、2ちゃんねるなどでは、当時、引退会見をしたばかりの島田紳助よりも悪質なスレッドが立ち並び、

【銭湯】乱交は入浴料別でお願いします【戦闘】

【鬼畜】銭湯でJKをレイプした男達の顔写真を晒すスレ【強姦】

【風俗】この際、あの銭湯は特殊浴場にするべきだと思う【風俗】

【JK】銭湯で強姦されたJKは実はヤリマソだった【JK】

 といった、人権を無視したスレッドが乱立していた。
 但し、逮捕されたアキラと被害者の千夏が、警察の取調べでマリオカートの事を最後まで黙っていたため、誹謗中傷はこれだけで治まった。もし、二人のどちらかが、これはマリオカートの罰ゲームだった、と供述していれば、これでは済まなかったはずだ。いや、きっと恐ろしい事になっていたはずだ。下手をしたら任天堂の株価が暴落するくらいの騒ぎに発展していたかも知れない。

 それを思う度、いつも雄太はゾッとした。もしあそこで二人が罰ゲームの事を喋っていたら、恐らく自分も逮捕され、学校を退学され、そして、2ちゃんねるに人生をボロボロにされていただろう。
 雄太は、そう思う度にホッと肩を撫で下ろしていたが、しかし、二人だけに罪を被らせた事に対しては、激しい罪の意識を感じていたのだった。

 事件後、肉体的にも精神的にもズタズタになっていた千夏は、そのまま帯広の親戚の家へ行き、そこで隠れるようにして暮らしていた。
 雄太とはその後も連絡を取り合っていたが、しかし半年ほど経った頃、突然、千夏からの電話やメールが来なくなった。雄太が何度電話を掛けても千夏は電話には出ず、どれだけメールしても返信はなかった。
 そのうち千夏の携帯番号が変更された。帯広の親戚の家に電話を掛けても、いつも不機嫌なおばさんに居留守を使われた。
 千夏に彼氏ができたらしいと聞いたのは、それから五日後の事だった。千夏と仲の良かった美咲が、届いたばかりの千夏からのメールをこっそり雄太に見せてくれたのだ。
 そこには、両腕に気味の悪いタトゥーを入れた男と、楽しそうにソフトクリームを舐めている千夏の画像が映っていた。そのメールのタイトルは『カズ君と札幌に遊びに来たよ〜』だった。

 完全に千夏との縁が途絶えてしまったその翌年、雄太は東京の大学に合格し上京した。
 千夏の事はすっかりと忘れて都会の大学生活をエンジョイしていると、一年ほど経って、いきなり千夏から電話があった。その電話番号は非通知だった。
 千夏は、雄太が東京の大学に行った事を誰かから聞いたらしく、それが我慢できずに電話を掛けて来たんだと言った。

「自分だけ幸せになれて良かったわね」

 千夏は、まるで別人のような口ぶりでそう言った。

「東京はさぞかし楽しいでしょうね。それに比べて私のいる帯広は、朝から晩まで雪ばっかり降って、まるで冷凍庫の中にいるみたいよ。……あのとき、あんたが助けにさえ来てくれれば、私も今頃はあんたみたいに東京の女子大生してたのにね……」

 そう鼻で笑う千夏に、雄太は言葉を無くしていた。人の溢れる渋谷の歩道に立ちすくみ、巨大煙突のような109を見上げながら黙って携帯を耳にあてていた。

「もうこの寒い町にいるのはうんざりなの。私もあんたみたいに青春を楽しみたいわ。だからこの町を出たいの。お金貸してよ」

 そう話す千夏の背後から、若い男が「50万貸せって言え」と仕切りに言っているのが聞こえた。
 恐らくそれがカズ君というタトゥー男なんだろうと思いながら、銀色に輝く109を見上げる雄太は、その日のうちにバイト先から前借りをし、千夏の口座に六万円を振り込んだ。
 それ以来、千夏からの電話は一度もなかった。

 被害者の千夏も悲惨だったが、しかし加害者のアキラも悲惨な人生を歩んでいた。
 事件後、逮捕されていたアキラと客達は、千夏が『強姦』の訴えを出さなかったため、かろうじて暴行と監禁のみで起訴された。
 加賀と長友は初犯だという事から執行猶予となったが、しかし、窃盗と殺人未遂の前科のあった田野倉は二年の実刑判決を言い渡され、前橋の刑務所に服役した。
 少年のアキラは鑑別所に送られた。その間に学校から退学処分を言い渡され、ついでに家庭裁判所でも八街の少年院送致を言い渡され、そのまま十一ヶ月間、緑のフェンスの中に入れられたのだった。

 銭湯は、あれほどの大騒ぎになったというのに、それでも数ヶ月間は営業されていた。お婆ちゃんが、家族の反対を押し切って強欲に営業していたのだ。
 しかし、客は事件前よりも遥かに多かった。
 その客のほとんどは、マスコミ関係者か、事件現場の写真をブログに載せようとする不届きなブロガー達だったが、それでもお婆ちゃんは、写真を撮ろうとする客達から一人二百円の撮影料を取っては、逞しく営業していた。
 しかし、お婆ちゃんは死んだ。いつものように釜に薪を入れようとした時、突然、心臓発作で死んでしまった。
 お婆ちゃんが死後、江戸時代から続いていた老舗の松の湯はひっそりと暖簾を下ろした。その二ヶ月後、アキラは八街の少年院を出院したのだった。

 その頃、既にアキラの両親は離婚していた。銭湯も閉鎖し、銭湯の裏にあった自宅も廃墟と化していた。
 アキラは、少年院を出た後、保護司の紹介で松戸市の鉄工所に住み込みで働いていたが、しかし、三ヶ月ほどして忽然と姿を消した。雄太や海斗や、そして彼女の彩乃にさえ連絡しないまま、逃げるようにしてどこかに行ってしまったのだった。

 雄太は、ベッドにゴロリと寝転がりながら、千夏やアキラの事をぼんやりと考えていた。
 アキラと千夏は、あの事件をきっかけにして悲惨な人生を歩んだ。しかし、同罪であるべきの自分は、のうのうと東京の大学に通い、そして年収一千万円以上のIT会社に就職したいなどと目論んでいる。
 雄太は、天井を見上げながら大きな溜息を付いた。俺は卑怯な男だ、と自分を責めながらベッドの上で海老のように踞った。すると、ポケットの中の携帯が突然鳴り出した。

 電話に出るなり、「まだ東京?」という彩乃の甘ったるい声が聞こえて来た。
 どこかのファミレスから掛けて来ているのか、「ミラノ風ドリアと海老ピラフでございます」という若い女の声が背後で響いていた。
「もう千葉にいるよ」と雄太が答えると、彩乃は少し戸惑いながらも、「そうなんだぁ」と呟き、そのまま沈黙が続いた。

 彩乃は、高校卒業後、すぐに九つ年上の男と結婚した。
 旦那の写真を写メで送ってもらったが、あのモデルのように可愛かった彩乃とはどう見ても釣り合わないチビデブの男だった。しかも髪の生え際は孫正義レベルに後退しており、チビ、デブ、ハゲの三拍子揃ったその姿は、まるでどこかのユルキャラのように滑稽だった。
 どうしてあんな親父と、と、思わず口に出しそうになった雄太が言葉に詰まると、すかさず彩乃は「この人ね、不細工だけどすっごいお金持ちの息子なのよ」と笑った。

 雄太が東京に出てきてから、彩乃とは一度も会ってはいなかった。電話ではちょくちょく話しをしていたが、雄太は正月でも地元には帰らなかったため、会う事はなかった。
 そうやって頻繁に連絡を取り合いながら、いつもくだらない話しばかりしていた仲だったが、しかし、今日はいつもの電話とは違い、二人にはどこか気まずい雰囲気が漂っていた。

 沈黙の間にも、携帯の向こう側からは、ピンポーンっというドアチャイムの音が頻繁に聞こえ、その度に、「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞー」という若い女の声が響いていた。
 妙に気まずい沈黙が続く中、彩乃が小声で「じゃあ……」と沈黙を破った。
 彩乃は、一呼吸置いた後、「今夜……待ってるから……」と呟いた。
 雄太が「うん……」と答えると、彩乃は、擦れた声で「バイバイ」と小さく笑い、そのまま電話を切ったのだった。

 会いたいと言い出したのは彩乃だった。
 二日前、いつものように雄太と彩乃が電話でバカ話をしているとき、突然、彩乃がそう言い出したのだ。
 地元にはどうしても帰りたくなかった雄太が、「東京に遊びにおいでよ」と誘うと、彩乃はどうしても地元で会いたいと言いきった。
 雄太は気が進まなかった。地元には嫌な思い出ばかりが詰まっていた。千夏の事もアキラの事も、そしてあの忌々しい事件も、全て地元に封印して東京に逃げ出した雄太には、今更、あの町に行ってそれを開封したくはなかったのだった。

 しかし、そんな雄太だったのに、この日、重い腰を上げて地元に戻って来た。
 それは、彩乃の一言が決め手だった。
 彩乃のその一言で、地元に帰るのをあれだけ嫌がっていた雄太が千葉行きのバスに乗った。
 彩乃のその一言というのは、「銭湯の裏の小屋で待ってる」だった……。

(つづく)

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